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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第174話 心地よい声

 息を吐くたびに見える自分の息の白さにどうりで寒いはずだと、座るベンチから底冷えを意識する。自分の意思とは関係なく身震いすると隣から声を掛けられた。


「寒いのですか?よろしければ――」


 そんなにも厚着ではないのに、私に上着を渡そうとするエルネスト様に断りを入れる。


「では……教会の中に入りましょうか?」


 そう言って立ち上がろうとするエルネスト様の服の袖を軽く引っ張った。


「聞いていただいてもよろしいでしょうか……」


 エルネスト様は立ち上がるのを止めて再びベンチに座り直すと、おもむろに姿勢を正した。


 正直言うとこの行為が正しいは思えない、それは分かっている。だけど、全てを吐き出しでしまいたい、その考えを捨て去ることが出来ない。

 それに、エルネスト様の親子関係を聞いた私は同情しているのかも知れない。親に愛されないということに覚えがある。私がまだヴァールブルク家の人間だとあの家で過ごしていた時、お母様であるはずの公爵夫人は私の事を疎んじていた。子供の私の目から見てもマリアに接する態度と私の扱いが余りにも違っていたから嫌われているのだと思っていた。

 だけど、私には兄だったユーリも護衛のイザーク様もいた、だから寂しくはなかった。エルネスト様は一人っ子のはず、心許せる人はいたのだろうか。

 エルネスト様は重大な秘密を打ち明けてくれた、だったら今度は私の話を聞いてほしい、もう一人では耐えられそうにないから。




 厚い雲に覆われた灰色の空を見上げアイリーネは深呼吸すると、意を決して語りだす。



「私は……物心がついた時には愛し子であると自覚していました。愛し子だから神聖力を使って闇を祓わなければならない、その為に訓練だって毎日しました。時には体調を崩し父に叱られる時もありましたが、私にしか出来ない事だから頑張らなくてはとそう思っていたんです」


 静かに語りだしたアイリーネをエルネストはただ見守ることにした。相槌を打つこともなく、ただ彼女の話に耳を傾けている。



「だけど、それは闇の魔力が使用されるという前提でお祖父様の時のように物事が起こった後や、今回のように元々闇の属性を持つ魔獣相手では役に立たないんです。何も出来なかった……ただ……無力で……」


 光景が思い出されるだけで涙で声が詰まってしまう。それでも、誰かに聞いてほしい、ただそれだけしか考えられなかった。


「自分の能力も……信じられなくて……愛し子だという事実も間違いじゃないかって、疑ったから……神聖力も使えなくなってしまった……」


 エルネストは思わず息を呑んだ。

 それ程までに愛し子が神聖力を使えないという出来事は重要で、アルアリア建国以来初めての事だ。



「それは……妖精王が神聖力を使えなくしたとかではないのですね」

「はい……シリルには私の心の問題だと言われました……」


 手で涙を拭うアイリーネにそっとハンカチが差し出される。皺一つない真新しいハンカチを使用するのに一瞬躊躇うと、エルネストはハンカチを直接アイリーネの頬に当てると涙をそっと拭き取った。



 愛し子が神聖力を使えなくなるといった話は聞いた事がない。自分の能力、愛し子の存在を否定したからなのだろうか。もし、このまま能力が使えないとどうなるだろうか、この国が闇に染まる。そんな事があり得るのだろうか。

 エルネストは思っていたよりも重大な告白に息を飲んだ。


「それに……愛し子ではないかもそう思った時、自分が思うよりもショックじゃなかったのです……」



 なぜだかあの時は分からなかったけど、今なら分かる。

 私が愛し子ではないから、身近な人が傷つくことがない。そう考えたからだ。だから、私ではない人が愛し子でもいいと思った……


 しかし、愛し子だから護衛してくれているイザーク様のように、愛し子だから出会えた人もいる。

愛し子ではないなら、その人達は去っていくかも知れない、だけどそれは嫌だ。そんな自分勝手な考えが頭をよぎる。



「私が考えている事や神聖力を使えない事が、みんなをガッカリさせて嫌われるかも知れない。そんな風に思っていると打ち明けられなくて……自分をさらけ出す事ができなくて。どうしたらいいのか分からなくて……」


 アイリーネの頬を新たな涙が伝う。

 拭いても溢れる涙は止まる気配はない。



 エルネストは考える。

 これ程重要な話に安易な返答をしてもいいのだろうか。しかし、このまま捨て置く事も出来ない。

 本当に今この国の危機がこんな少女一人の肩に掛かっていると言うのだろうか、と。

 今、目の前にいる少女はこんなにも弱っている、少しくらい休養しても許されるのではないか、と。




 エルネストは緊張した面持ちで話す。


「アイリーネ様、この際ゆっくりと休まれてはいかがですか?」


「休むですか?」


 アイリーネは眉をひそめた。

 こんな時にエルネストは何を言うのだと疑問に思った。


「ええ、神聖力が使えないから、出来る事もないでしょう?」

「ですが……そんな事……」

「そんなにいけない事でしょうか?あなたは今まで出来る事はしてきたでしょう?」

「……それはそうですが……」


 アイリーネは目を伏せる。


「だったら、少しゆっくり休めばいいではないですか。ゆっくり休む事も大事な事ですよ」


 そんな事をしてもいいのだろうか。

 そう疑問も浮かんでくるけれど、いいと言ってくれるなら休みたい。難しい事を何も考えずに過ごしたい。

 

 今日のエルネストの言葉はすごく心地よくて本当に休んでもいいのだとそう思えてきた。



「大丈夫ですよ、少しくらい。だからお休み下さい」


 

 そうね……その通りだわ。

 少しだけだもの、だから許してもらえるはず……

 逃げるのではないもの、ただ休むだけだから。



 そう決めるとアイリーネは伏せていた目を閉じた。


読んでいただきありがとうございます

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