第173話 親子
アルアリアにある教会は大小あれど同じ構造となっている。大聖堂と同じくこのジャル=ノールド教会でも裏庭にはアルアリア・ローズが植えられている。
聖堂から狭い廊下を抜けて裏庭に繋がる扉を開けると、すぐにアルアリア・ローズが目に入った。今の寒い時期は裏庭には人の姿は認められずアイリーネは正直ホッとした。先程の一件により人の目を避けるようにやって来た裏庭では人目に晒されたくはなかったから。
裏庭に出て改めてアルアリア・ローズに向き合うと自分の考えが間違っている事に気付いた。花は白い花弁を揺らしながら今日も咲き誇っている。その姿は神聖力を纏い凛としており、まるで"私達はこうやって立派に咲いているけど、あなたは違うでしょう?“と言われているようで近づく事が出来ない。
アルアリア・ローズに比べたら神聖力が使えない自分が惨めで情けなくて動けずにいた。
胸の鼓動がドクドクとうるさくて、息が速くなっていく。息を吸っても苦しくて、どう対処すればいいのかとわからずに不安になる。指先が痺れて何か深刻な病気なのではないかと思った瞬間、声を掛けられた。
「アイリーネ様!」
聞いた事のある声だと思うけれど、顔を見る余裕もない。ただただ苦しくて涙が溢れてくる。
「あちらのベンチに移動しますよ。それから、ゆっくりと息を吐いて、吸って下さい。大丈夫です、落ちついて……」
声の主に体を支えられて近くにあるベンチに移動した。
ベンチに座り言われた通りに呼吸を繰り返すと少し楽になってきた。少し余裕が出来てきたのか、目の前の景色が目に入り冷たい風が心地よく感じられる。
ふと、隣に座る声の主が気になり上を向くとその意外な人物の姿に驚きを隠せない。
「エルネスト様?」
「……お久しぶりです、アイリーネ様」
エルネスト・オースティン、宰相の実の子でありながら学園に通う事もなかった彼は謎に包まれいる。長いブロンドの髪を横に束ねて微笑む姿は令嬢達にも人気があるそうだ。
エルネスト様の手が自分の肩にあり介抱されていたとはいえ、距離が近いと我に返った。
「す、すみません。ありがとうございます」
距離を取ろうとした瞬間にエルネスト様の片方の手に赤い痣の様な物が目に入る。服の袖にも皺が出来ていて、自分が無意識にエルネスト様の手を掴んでいたのだと知った。
「申し訳ありません!どうしよう、なんてことを――」
「大丈夫ですよ、すぐに治りますから」
「でも――」
「本当に大丈夫ですからね」と言って迷惑をかけた私にエルネスト様は微笑んだ。
その微笑みが穏やかで気持ちが少し軽くなった。
「えっと、先程はありがとうございました。医術に詳しいのですか?」
「いえ、教会でこうしてお手伝いをしてますので、よくある事なのです」
「よくある事なのですか!?」
目を丸くして驚いたアイリーネにエルネストは頷いた。
「教会で暮らす子達の中には親元を離れている子もいますから、不安になったり悩みがあったりそういう感情が吐き出せずに――」
「心理的な事で起きた出来事なのですか……」
エルネストの説明を聞きアイリーネは思わず下を向いた。
神聖力が使えない状況も自分の心の問題だってシリルに聞いたばかりなのに、また同じ。
「……ですからアイリーネ様も自分の気持ちを伝えてみてはどうでしょうか?身近な人に話せないならば、私はどうでしょうか?もちろん、秘密は守りますよ」
今の私にとって愛し子と呼ばれるのは、負担だ。
だけど、それを身近な人に言ってしまっては失望されるのではないか、軽蔑されるのではないかと怖い。
だって、私のせいで犠牲になったお祖父様や毒に倒れたユーリに言い訳なんて出来ない。
自分の能力が無力でみんなを守れないのに愛し子だなんて呼ばれて辛い。
だけど、それをエルネスト様に言ってしまうのはいいのだろうか、確かに身近な人には言えないけれど……
「言いにくいですよね?でも溜め込んでいてもよくありませんよ。……では、私の秘密を一つ聞いてもらえますか?実は私は闇の魔力を扱えるのです」
「えっ?闇の魔力?」
エルネストが闇の魔力を使えるという話は聞いた事がなく、アイリーネは驚いて隣に座るエルネストを見つめた。その眼差しは真剣で冗談を言っているように見えない。
「父は国に報告していません。ですから違法ですね」
「そんな!どうしてですか?エルネスト様のお父様はこの国の宰相なのですよね」
「そうですね……父は光の魔力を崇拝しているのです、それは異常なくらいに。ですから父は自分の息子が闇の魔力を持ち生まれたと認めたくなかったのです。母が止めなければ父によって処分されていたでしょう」
「処分だなんて!」
思わず大きな声を出してしまったアイリーネにエルネストは苦笑いする。
「ですから私が跡取りになることはありませんし、学園にも通う必要もなかったのです。養子も迎え私は父にとっていなくてもいい人間、いやむしろいなくなってほしいのだと思いますよ」
「そんなのおかしいです!だって実の親子なのですよね?それなのに……そんな」
アイリーネの怒りに対してエルネストは笑顔を崩さない。
どうしてそんな風に笑っていられるのか、アイリーネには理解出来なかった。
「笑ったりして失礼でしたね。でもそんな風に怒ってくれて嬉しくて。自分はもう諦めてしまったから」
そう言って寂しそうに笑うエルネストは本当は諦めたくなかったのではないかと思ったけれど、本心を知るにはあまりにもエルネストの事を知らなすぎた。
それでもエルネストの重大な秘密を聞き自分の話をしても大丈夫ではないだろうか、そう思える程の秘密の話であった。
それにアイリーネ自身余裕がなくて誰かに聞いてほしかった、一人で抱えるにはもう限界だったから。
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