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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第172話 畏敬と畏怖

 応接室から出ると不意に懐かしい声が聞こえてきた。

 少しの間会えなかっただけなのに、部屋の中から漏れる声を聞いただけで、嬉しくて涙が出そうになる。みんなが言うように聞こえてきた笑い声は元気そうで、回復しているのだと安心した。

 良かった、ユーリはちゃんと生きている。

 例えユーリの顔を実際に見れなくてもユーリを感じられた、それだけで自然と口元が緩む。



「ちょうど、治療中だね。聖女セーラが毎日治療してくれているから毒の痕跡もほぼ消えてるんだよ」


 シリルはきっと私を安心させるために言っただけ、そうわかっている。だけど、毒の治療にあたっているのがセーラ様だと聞いてどうしても質問せずにはいられなかった。


「シリル、セーラ様は大聖堂の所属よね?どうしてわざわざジャル=ノールド教会にやって来てユーリの治療をしているの?」


 しまったという顔をシリルはしたけれど、私も疑問をそのままにするつもりはなかったから、シリルを見つめて言葉を待った。


「えっと、聖女セーラはユリウスに助けてもらったでしょ?だから恩を返したいって自ら立候補したんだ。実際、彼女は教会の中でもトップクラスの解毒を持つから、だからこそユリウスの治りも早いんだよ」


「……そう」


 シリルの顔が私を見て悲しそうに歪むから、私はどんな顔をしているのかな?と思う。確かに役に立つ解毒の能力を持つセーラ様が羨ましいと思うし、ユーリはどうして私に会いたくないのだろうと思う。だけど、ユーリを尊重するって決めたから、シリルが悲しむ事ような顔なんてしていないはずなのに、おかしいな……。


「ちょっと待ってて、僕がユリウスにアイリーネ逢うように言うから――」


 シリルの言葉に私はユルユルと首を横に振った。


「いいの」

「でも――!」

「本当にもういいの」


 そう言って微笑んだのにシリルがまた悲しそうな顔をするから、私は堪らずに踵を返した。





 そのまま廊下を無言で歩き聖堂内に入ると礼拝に訪れた人々とすれ違う。それまでは妖精王の存在を信じていなかった人々もエイデンブルグの滅亡を目の当たりにして以降、その存在を後世に語り継いでいる。だからこそ、アルアリアを始め周辺諸国は妖精王に熱心に祈りを捧げる者は多い。平日の朝早い時間だというのに、聖堂には祈りを捧げる人々が絶えず訪れている。



「ねぇ、その髪の色は愛し子様でしょう?」


 目線を下に移すと6〜7歳くらいの男の子が立っていた。男の子は私の方を見上げにこやかに笑っている。


「申し訳ありません。ほら、こちらにいらっしゃい」


 男の子と同じ色の茶色の髪をした母親らしき女性に手を引かれた子供は不思議そうな顔をしながら私に尋ねた。



「ねぇ、愛し子様はいつも幸せそうに笑ってないとダメなんだよね?だって妖精王に怒られるもんね。そうだよねお母さん」



 男の子の母親は真っ青になりながら頭を下げて謝罪している、私はその光景をただぼんやりと眺めていた。



 この国の人達にとって妖精王や愛し子という存在は畏敬であると思っていた。しかし、青ざめる母親や明らかに凍りついた周りの反応から、畏敬でもあり畏怖でもあるのだと悟った。今日、この場にいなければ自分が畏怖の対象だと気が付かなかっただろう。こうして気付くことが出来てよかったのだろう、この事実が私の胸を抉ったとしても。



 私自身が望んだわけではない愛し子という役割。


 だけど、私は愛し子なのは事実だから


 例え身内に犠牲者がでたとしても

 大切な人が傷つき倒れたとしても

 神聖力が使えない状況でも


 みんなが不安にならないように笑顔を絶やしてはいけないと言うのなら、そうしなくてはならない。



「そうね、あなたの言う通りだわ」

 そう言って私は偽物の満面の笑みを浮かべた。


 

 あからさまにホッと安心した母親とその場の雰囲気に、自分の行動が正解だったと実感した。

 例え作られた偽りの笑顔でもあなた達が望むなら、私は笑顔であり続けよう。



 簡単な事。そのはずなのに、きっと私の心が弱いからなのだろう。抉られた胸の傷から私の大切な何かが溢れ出してくるようで、一所懸命に両手で塞いでも指の隙間から流れ出して行くようで足取りが重い。




 こんな時、アルアリア・ローズを見れば私の気持ちも少しでも晴れるだろうか、とふと考えた。今までは随分とあの花に癒されてきた、あの花を見ればどこまでも沈んでいくこの気持ちを止める事が出来るだろう。



「イザーク様、裏庭に行きたいのです。少しの間でいいので一人にしてもらえませんか?」


 イザーク様の仕事は私の護衛だから、神聖力が使えない今の状況で教会の内部とはいえ私を一人にするという行為は危険だと承知している。断わられても仕方がない、そう思いながらイザーク様を見つめた。



「……分かりました。馬車の準備をしてまいります」

 そう言ってイザーク様は微笑んだ。


「外は寒いですので」と、

 教会に来るために羽織った白い外套のフードを私の頭に被せるイザーク様の指は、まるで壊れやすい宝物を扱うように、とても優しかった。

  


 

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