第169話 終わりを感じる時
リーネを抱えて走り去るイザークの背中を眺める。少しでも危険な場所から遠ざかったリーネを想い一安心する。
幸いにも手際のいい警備兵によりカリア婆さんも避難を終え、近くの店の従業員や客達の避難も間もなく終了するだろう。
「さて、次はあいつを倒すか」
空を見上げるとそこに浮かぶアクアドラゴンは旋回しながら咆哮しこちらを威嚇している。アクアドラゴンが次の攻撃を始める前にこちらから仕掛ける、そう決めると息を深く吸い込んだ。
『雷よ、我が声に応えよ』
ユリウスの呪文に応えるように現れた雷雲からアクアドラゴンに向けて雷が落ちた。雷に打たれたアクアドラゴンが地上に落下してくる。建物の壁や石畳が直撃により壊れるが絶命していなかったアクアドラゴンはその大きな体を起こすと上空を見上げた。
ユリウスは異変に気付く。
魔獣は一部を除き闇属性である為、光の魔力が弱点である。しかしながら光の魔力を宿す者は数が少なく全ての魔獣に対応できる訳では無い。そこで大事になるのが生息地だ。アクアドラゴンの場合、水辺を好み他の魔獣よりも体の中の水分が多いと研究により分かっている。だからこそアクアドラゴンには雷の魔法が有効でユリウスの魔力なら一撃で倒れるはず……だったのだが、アクアドラゴンは倒れていない。
一体どうしたんだ?このアクアドラゴンには雷に対して耐性があるのか?それとも俺の魔力が弱まったと言うのか――
目の前が不意に暗くなりユリウスの体はグラリと傾いた。突然の事に膝をつくと、右腕が酷く痛み出した。そう言えば怪我をしたなと自身の右腕を見て驚愕した。アクアドラゴンによって付けられた傷はその傷口を中心に暗紫色に変色し広がっている。その変色は右腕だけでは留まらずに肩や胸部にまで広がっていた。
毒?何故だ――アクアドラゴンには毒はない。
それなのにアクアドラゴンにより出来た傷から毒が入り込むなどありえない。アクアドラゴンの爪に毒が塗られていたのだろうか、それとも毒を持つ新種のアクアドラゴンだとでも言うのだろうか、とユリウスは息を荒くしながら考えた。
体力的に考えてできる攻撃はあと一回。
それ以上は厳しいだろう。
先程よりも強い術を使って必ず倒さなければならない。
アクアドラゴンはその体の背についている翼を懸命に動かし周囲に風を起こすとゆっくりと上空を目指す。その動きは鈍く雷が効いているように見える。
雷自体は効いているのか……だったら
ユリウスは左手を天に向けて掲げると息を深く吸った。意識を集中させると呪文を唱える。
『雷よ、再び我が声に応えよ。アクアドラゴンを討伐せよ!』
黒い雲がアクアドラゴンのいる更に上空に集まると稲光が走る。低くゴロゴロ大きな音の雷鳴が響き稲光と合わさった瞬間、雷がアクアドラゴンの上に落ちた。耳をつんざく様な絶叫を上げたアクアドラゴンは再び地上へと落下していく。
「今度こそ……倒したのか……」
ユリウスは重い体を引きずるように地上に落ちているアクアドラゴンに近づくと視界の悪くなっている自身の目を凝らした。横たわる体からは焼けた肉の匂いがしており、すでに絶命していると推測された。
「とりあえず……これで終わりだな……」
アクアドラゴンの討伐にホッとすると力が抜けたのかユリウスは両膝をつくと伏せるように地面に倒れ込んだ。体が熱を持ち、息が苦して速拍となっていく。
ユリウスはこの時、自身の死を意識した。
前世でも回帰前も自分はいつも置いていかれる方だったから自分が守らなければと思っていた。
回帰前とはあまりにも変わってしまったのだから、自分がこうなる事も予想できたはずなのに、守る側だと思い込んでいた。姉様が……リーネが断罪された世界でもこんな理不尽に誰かに命を奪われる事なんてなかったから……
あとに残された俺はとっても辛かったけど、断罪された姉様はあの時どんな気持ちだったのだろうか。
リーネは……何を想っていたのだろうか……
リーネ……リーネごめん。
あれが最後になるかも知れないと分かっていたら、あんな風に泣かせなかった。もっと優しく言い聞かせてあげれば良かった。もっと……側にいたかった……
遠ざかる意識の中でこんな所で死ぬわけにはいかない、と左手を強く握り体に力を入れても言うことを聞いてくれない。握った左手が再び開かれて、ユリウスは意識を手放すと深い眠りについた。
次にユリウスが目覚めたのは、教会の中にある治療院だった。傍らには数人の聖女がいて治療してくれているのだとわかった。一旦は死を覚悟していたけれど、こうして命がある事に、単純に嬉しいと良かったと思える。
初めてユリウスは妖精王に感謝した。
今まで大事な人を苦しめると悪態づいていたけれど、こうして生きて再び愛しい人に会えると心の底から妖精王に感謝をした。
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