第168話 遮られた言葉
「ねぇ、リーネ、今日は誘ってくれてありがとう」
「いえ、ありがとうなんて」
だって今日はどのプランも上手くいかず、散々だったもの。ユーリは優しいからそう言ってくれたけど、ユーリに好きだと伝えようとしていた勇気が萎んでいくようだ。お気に入りの服も可愛い髪型も全部が空回りしているようで悲しくなってくる。
「リーネ、……前に俺に好きな食べ物の事を気にしていただろう?実はね、食べ物だけじゃなくて他の物も興味ないんだ」
「興味がないのですか?」
伏せていた顔を上げてユーリを見る。
すると頬杖をついた状態のユーリは私と目が合うと微笑んだ。
「うん、リーネと一緒なら別にどこに行こうと構わない。ただ隣にいてくれたら、それだけでいいんだ」
ユーリにそう言われてようやく分かった。
どうしてオシャレなカフェや綺麗な景色が見える場所でなくてはいけないと決めつけていたんだろう。特別などこかじゃなくてもよかったんだ。
形ばかり気にしてそんな事よりももっと大事な事があるのに。今なら言える気がする――。
「あのね、ユーリ。私、ユーリに伝えたいことが……」
「ちょっと待って、リーネ」
ユーリに静止されて、私は口を噤む。
ユーリはしきりに外を気にしていて、何かあるのだろうか。
なんだろう、外が騒がしいけど………
せっかく意を決したというのに、外が騒々しくて気がそれてしまった。もう!こんな時にと思ったけれど、悲鳴や叫び声が聞こえて来て、緊急事態だとわかる。
何が起こっているのかとユーリが席を立った瞬間に年季の入った店の木の戸が壊れるくらい勢いよく開けられると、イザーク様が髪を乱しながら中に入って来た。
「大変です!ユリウス様、魔獣です!魔獣が現れました!!」
「何!?魔獣?」
王都に魔獣が現れるなんてと半信半疑で外に出ると、確かに空を舞う魔獣が見える。いつの間にか厚い雲に覆われた灰色の空には、全身が濃い青の魔獣は大きな翼を広げて旋回しており、その姿は何かを探しているようにも見える。
「あれは……アクアドラゴン!」
「えっ?ドラゴンなのですか!?」
ドラゴンはこの大陸においてSランクの魔獣で生息数も少ないが討伐にも困難を極める種だ。空を飛ぶ魔獣がドラゴンなのだとすれば多くの被害が出ると想像出来る。今の所、人に襲い掛かる様子は見られないがいつまでもそうとは限らない。
「いや、正確に言うとドラゴンではない。そうだな、大きなトカゲに羽が生えていると考えた方がいいな。だけど、アクアドラゴンはその名の通り水辺に生息しているはずだし、そもそも臆病な性格だからこんなにも人が多い場所に来るだなんて、普通ではあり得ない」
「どうして王都の空をずっと飛んでいるのでしょうか?」
「王都に存在すること自体がありえないから、それは俺にも分からないけど……」
ちょうど真上にいるアクアドラゴンがこちらを見ている、そんな気がした。そう思った瞬間、アクアドラゴンは私を目掛けて急降下する。
「何!?こっちを狙っているのか?リーネ!!危ない!」
ユーリに手を引かれてアクアドラゴンの襲撃を免れた私は傷一つ負っていない、ただ体当たりされた近くの建物の屋根や壁は崩れ落ち負傷者が出ている。
すぐに警備隊が駆けつけて負傷者の救護と避難を始めたからホッとした。これで再びアクアドラゴンが襲って来ても巻き込まれることはないだろう。
「ユーリ、私を狙っているのかも知れないわ。こちらに襲いかかる前に目が合った気がするの」
「……だったら倒すまでだ。イザーク、リーネを頼む」
アクアドラゴンは今なお私を見つめている。
だからユーリが私から興味を逸らそうと少し離れて威嚇をするように攻撃しても、アクアドラゴンはユーリの方には目もくれずに上空からこちらを眺めている。
「クソッ!!何で動かないんだよ!誰かが操ってるのか!?」
誰かが操っている?もしそうならば闇の魔力を使用しているはず。だとすれば元々闇属性である魔獣にも私の浄化の能力が効くのではないかしら?
『祈りを捧げます、浄化の光よ!』
光はアイリーネの呪文と共に大きく光るとアクアドラゴンに向けて放たれた。光を直に受けたアクアドラゴンは一瞬怯んだように見えたが、放たれた光はすぐに消えていった。
「そんな……効いていない?」
「リーネ危ない!!」
ユリウスの声と同時にアクアドラゴンは再び急降下する。反応が遅れたアイリーネを庇った形となったユリウスの右腕には、アクアドラゴンの鋭い爪によって傷が生じて血液がポタリと地面に落ちる。
「ユーリ!血が!?」
「大丈夫、かすり傷だから。アクアドラゴンには毒なんてないから心配いらないよ。大丈夫だ、たからイザークと一緒に逃げるんだ」
「そんな……ユーリを置いて逃げるなんて……」
ポタポタと傷口から落ちるユーリの腕を止血しようと震える手でハンカチを差し出すも大丈夫だと拒否される。
ユーリの姿がお祖父様と重なる。
お祖父様も大丈夫だって言っていたもの。
それなのに、お祖父様はいなくなってしまった、もしユーリに何かあったら……
再び上空に戻ったアクアドラゴンは相変わらずアイリーネを見つめていて、いつ襲いかかってもおかしくない。緊迫する状況にユリウスが声を荒げた。
「リーネ!言う事を聞いてくれ!浄化が効果ない以上リーネに出来る事はない!イザーク、早く連れて行ってくれ!!」
ユリウスの切実な願いにイザークは剣を納め、アイリーネの側に移動する。
「……わたりました」
「イザーク様!待って、お願い!」
「待つ必要はない、イザーク行ってくれ」
アイリーネの必死な姿に躊躇したイザークだが、結局ユリウスの言葉に従うと決めた。
「失礼します、アイリーネ様」
そう言うとアイリーネを抱きかかえると、全力で走り出した。見る見るうちにユリウスから遠ざかるとアイリーネの安全を確保しようとした。
だから、イザークの服を掴み瞳に涙を浮かべているアイリーネに気づいても、自身の胸も痛んだとしても歩みを止める事はなかった。
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