第167話 シュガードーナツ
ユーリと約束した当日、お気に入りの服を着てオドレイに編み込んでもらった髪に銀細工で出来た髪留めを付けて迎えを待った。外は寒いから厚手の布地のワンピースの上からファーの付いたコートを羽織る。手袋を付けブーツを履くと防寒対策は万全だ。
馬車が到着するのを今か今かと待ちわびていると、ユーリを乗せた馬車が門をくぐるのが見えた。
馬車から降りてきたユーリはウエストタブのついた黒のロングコートが似合いすぎていて、この分だと他の令嬢からの視線は避けられないだろう。
「………」
「リーネ?どうかした?」
「……何でもありません」
「何でもない顔じゃないよ」
「……気のせいですよ。そんな事よりも早くお出かけしまょう」
ユーリは何だか腑に落ちないといった顔をしていたけれど、私をエスコートし馬車に乗ると馬車は動き出した。馬車の中には実はイザーク様もいる、二人だけで出掛けるのだと思っていたけれど、収穫祭で私が毒に倒れた時の事をユーリは今でも気にしているようでイザーク様に同行を願った。イザーク様も困惑していたけれど結局ユーリに押し切られて私の護衛として同行してくれている。
ユーリと行きたい場所を調べていたのに結果的に今日のお出かけは失敗した。ユーリと一緒に行こうと決めていたカフェも王都中が見渡せる景色のいい塔も人がいっぱいで、予備にと考えていたカフェまで臨時休業だった。
今日は祭りでもないのにどうして人が多いのだろう。お店に入ることもできずにただユーリと歩いただけ、初めは楽しかったけれどこんなにも上手くいかずにどんどんと気持ちは沈んでいった。
「……ごめんなさい、ユーリ」
「いや、色々調べてくれたんだろう?ありがとうリーネ」
「……お礼だなんて……」
普通ならば怒られても仕方がないと思うけどユーリはいつも通りだ。ありがとうなんて言われる価値なんかないのに。
「じゃあ、俺が知っている所にしよう。絶対混んでいない穴場だから大丈夫だよ」
ユーリが私の手を握り歩き出す。
手袋越しでも分かるユーリの手は幼い日よりもずっと大きくて、あの頃とは違うのだと言われているようだ。それでも癖のないシルバーの髪はあの頃と同じく日の光に輝いていて、ただ懐かしいと思うよりも胸の鼓動が速くなったのは、私がユーリを好きだからなのだろうか。
ユーリに連れられてやって来たお店は食堂のように見える。木のテーブルと椅子が置かれている店内には一組しか客がいないため、ガランとしていた。
「ここはね、学園の生徒がよく来る店なんだ。安くて美味いから。オシャレなカフェではないけど、ここのドーナツは美味しいよ」
「ドーナツですか?」
「ああ、そうだよ」
店の奥からお婆さんがこちらに向かっていて、その手にはドーナツを乗せた皿を持っていた。シュガーがかけられたドーナツは柔らかそうでとても美味しそうに見える。
「はいよ、召し上がれ。坊ちゃんオシャレじゃなくて悪かったね」
「あっ、聞こえてた?ごめんカリア婆さん」
「まあ、本当の事だし構わないさ。さあ、お食べ」
お婆さんから手渡されたドーナツをユーリはそのまま食べた。ナイフやフォークなど使用することなく手で掴み口へと運ぶ、オドレイが見れば卒倒するのではないかと淑女や紳士からかけ離れている行動だが、ユーリは満足そうに食べている。
「リーネもさお行儀よくとか考えなくていいよ。こうやって食べる物なのだからね」
そうは言ってもユーリの口元にはシュガーの粉が付いていて、気づいていないのか拭う様子もなく、思わず笑ってしまった。突然声を出して笑う私に理由が分からないユーリはキョトンとした顔でこちらを見ている。
「ここ、シュガーがついてますよ」
何気なく、本当に何も考えずに立ち上がるとユーリの口元のシュガーを払う、指先がユーリの唇に触れた。ユーリの唇はとても柔らかくて思わず指に口づけされた瞬間を思い出してしまい、一瞬で顔が赤くなるのがわかる。
「ありがとう、キレイになった?美味しいよ、リーネも食べてごらん」
ユーリもきっと気づいている。それでもユーリは何も言わずにドーナツを再び食べ始めた。
ぎこちない動きで自分の席に戻ると、ドーナツを食べた。口に入らない大きさのドーナツはどう気をつけて食べても口の周りにシュガーがつきそれを払う。
「フフッ、リーネもまだついてるよ」
ユーリはそう微笑み、今度はユーリが私の口の周りのシュガーを取ると自分の指についたシュガーを舐めた。
ユーリの仕草がやけに色気があり、目が離せない。
どうすれば良いか分からないから、とりあえず顔を伏せてユーリの視線から逃れる事にした。
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