第166話 アイリーネの決意
次の日にはユーリが我が家にやって来た。
ユーリはいつもと変らないように見える、いつもの様に私を見ると嬉しそうに微笑んだ。だとしたら、変わったのは私の方なのかも知れない。
あれほど待ち望んでいた筈なのに、ユーリの顔を真っ直ぐに見ることが出来なかった。
ユーリを見ているとどうしても昨日の王宮での姿を思い出してしまう。仲睦まじいユーリとセーラ様の姿が色鮮やかに蘇る。だから私はユーリの事が好きなのって早く伝えたいのに、勇気がなくどうしても言えない。
「リーネ、食欲ないの?もしかして体調でも悪い?」
隣の席で夕食を食べるユーリから指摘されて、自分の目の前にある料理が減っていない事に気付いた。
「あっ………」
ユーリの発言にみんなが私に注目している。
「大丈夫?アイリーネ」
「そうなのですか?」
何も事情を知らないシリルは心配そうにこちらを見ているし、お父様だって不安そうにしている。
イザーク様は昨日の出来事を知っているけど、何も言わずに黙ってくれている。
そんなこの場の雰囲気に耐えきれず席を立った。
「えっと……体調は悪くないのですが、疲れているみたいです。食欲もないのでもう休みます」
「えっ?リーネ?」
ユーリが何か言いたそうな顔をしていけど、自分の言いたい事だけ言って慌てて食堂を後にした。
様子がおかしいって思われたかな?
だけど、もう少しだけ時間が欲しい。
もう少しだけ、そうすれば……
階段を駆け上がり自分の部屋に辿り着くとユーリの昨日の姿が思い出したくないのに浮かんで来て、涙が溢れてきそうで着替えもせずにそのままベッドに潜り込んだ。
こんなにも弱い自分をユーリに知られてしまうと嫌われてしまいそうで、自分の気持ちを隠してる。そんな自分が嫌いなのに勇気が出ない。誰かに恋することで、こんなにも臆病になるなんて思いもしなかった。
コンコンと控えめに扉をノックする音が聴こえて、直感的にユーリだと思った。
今日はまだ話をする勇気がでないから、シーツに包まって聞こえずに眠っているふりをする。
♢ ♢ ♢
まだ外は寒いというのに、ここは関係なく暖かい。
キラキラと光る日差しに眩しくて目を細めた。
「ごめんなさい、アイリーネ様」
自分の名を呼ばれてハッとした。
こちらを見つめるリオーネ姉妹は双子だと言うのに全く似ていないが、瞳の色だけは同じグリーンで二人分の双眸がこちらに向いていた。
今日、私はリオーネ姉妹に誘われて二人の屋敷にやって来た。久しぶりに訪れたリオーネ家の温室は冬だと言うのに色鮮やかな花が咲いており、お茶会に色を添えている。ガラス張りの温室には冬の日差しの元でも日の光が降りそそいでいた。
「えっと……」
お茶会の最中だというのに他の事を考えていた私は会話の内容を思い出せずにいた。
「先程の令嬢達の事ですわ。もう、今日は三人だけのつもりでしたのに、この子が話したりするから!」
「ごめんなさい、アイリーネ様。私、アイリーネ様とこうしてお会いできるのが嬉しくてつい、うっかりと話してしまったのです」
エミーリア様に叱られてエミーリエ様が眉を下げてこちらを見つめていた。エミーリエ様のお友達だという子爵令嬢が少し前までこの場にいた。とてもお喋りな方で話の内容に怒りをあらわにしたエミーリア様によって強制的に帰されてしまった。
「いえ、皆さん気になるのでしょうね……」
そう先程までいた令嬢はユーリとセーラ様の噂の真相が気になるらしく、しきりにその話を私に尋ねて来た。聖女達の間だけではなくそれ以外の令嬢からも尋ねられるのだから、きっと貴族中その話で持ちきりなのだろう。
「アイリーネ様は……心ここにあらずですわね?」
そうエミーリア様に指摘されて失礼な態度だと我に返った。
せっかく招待して下さったのに、台無しにしてしまった。本当は楽しみにしていたのに……
「も、申し訳ありません」
「いいえ、大丈夫ですわよ。怒っているのではありません。それにアイリーネ様のお気持ちもわかりますわ」
「私の気持ち……ですか?」
自分でも頭の中がぐじゃぐじゃなのに?
考えれば考えるほど悪い方へばかり考えてしまう、こんな気持ちをわかってもらえるの?
「だってアイリーネ様は恋をしている目をしてますわ」
「ちょっとエミーリエ」
「何よ、エミーリアもそう思うでしょ?」
「アイリーネ様………噂を聞いて悲しい思いをされたのでしょう?」
「ですがそんな必要はございませんわ」
二人はそう言うとニッコリと笑った。
悲しむ必要がないだなんて、どうして言えるのだろう。
だって私の目から見てもユーリとセーラ様はとてもお似合いだったのよ?ユーリも楽しそうだったもの……
アイリーネは視線をテーブルの上のティーカップに落とすと目を伏せた。
「アイリーネ様、私達の目から見てもユリウス様はアイリーネ様を特別に想っているのだとわかりますもの」
「特別ですか?」
視線を上げてエミーリエ様の言葉を繰り返すと勢いよく頷かれた。
「ええ、そうよねエミーリア」
エミーリア様も優雅にティーカップを持ちながら続いて頷く。
「初めてお二人にお会いした時はまだご兄妹だと思っていましたので、ユリウス様の態度に困惑しましたが、後に違うと知って納得しました」
「それぐらいユリウス様の態度は分かりやすいものでしたわ。男性どころか女性に対しても明らかに牽制していましたもの」
「ですから、ユリウス様本人を知るものは、あのような噂は信じておりませんわ。ずっとユリウス様はアイリーネ様一筋ですもの」
ユーリはそんな前から私のことを?
それが本当なら今でも変わらず私のことを好き?
「あっそうだわ、アイリーネ様からデートに誘ってみれはわ?きっと喜んでもらえるはずですわ」
「もう、エミーリエったら。ですが、喜ばれるのは確かでしょうね」
そうかな?喜んでくれるかな……
そうだとしたら、私も嬉しい……
――決めた!ユーリを誘ってみよう!
そうして返事をしよう、私もユーリを想っていると。
ようやく前向きになれたから、お礼を言いリオーネ家を後にすると、すぐにユーリに手紙を書いた。
二人に背を押されるようにユーリにお出かけしようと誘ったら、ユーリからの返事は"ぜひ、行こう。当日は迎えに行く“だったから当日は目一杯おしゃれしてユーリを待つことにした。
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