第165話 覚えたての感情
夜に馬車を走らせる事が危険であることは承知の上でノーエルから脱出し、馬車で隣の街であるソルエンへ無事到着した。確保してあったホテルで「アベルが合流するまでは寝ない」と言っていたローレンスを無理やりベッドに運ぶと少年の体は限界だったのか、眠りについた。
ウォルシュ令嬢の一件以降、過去を振り返り自らの行動を反省した。だからこそリーネ以外の令嬢にも紳士な対応をしなくてはならないと考えていた。
アベル達が合流するまで聖女セーラにとって名や身分が分かる者は俺とローレンスぐらい。後はこの街に待機させていたローレンスの護衛騎士と兵士達だから仕方ない。助け出されてなお、恐怖を感じている彼女の話し相手になった。恐怖を感じて当然だろう誘拐されて知らない場所に連れてこられたのだから。
自分で言うのもなんだが、自分に想いを寄せている令嬢は多く大抵は見れば分かる。そう言う意味では聖女セーラは違う、俺もリーネ以外にそういう気持ちはない。セーラ嬢がもし好意を示して来たなら距離をとっていたたろう。だけど、後から考えて見ると慣れないことはするべきではなかった。
間違いなく、この日が分岐点だったのに、その時は気が付かなかった。
リーネをあんな風にしてまで他人に関わるべきではなかったんだ。
♢ ♢ ♢
ユーリ達が無事に帰って来たと聞いて本当に良かったとホッとした。聖女の誘拐は公表されていないので事件の全貌は私には分からないが、聖女とユーリ達の帰還と怪我人はいないと言うお父様のもたらした朗報に安堵した。
だけど、帰って来てからもユーリは城に滞在したままで色々と忙しいと聞いているのでまだ実際には会えていない。早く顔を見てこの目で確かめたいけれど、ワガママは言ってはいけないと口には出さなかった。
聖女セーラも実家であるクロデル伯爵家に無事に帰り、出迎えた両親であるクロデル伯爵夫妻と涙の再会を果たしたそうだ。ようやく犯人も捕まったので、教会は聖女達の外出禁止令を解き、私も教会に通うようになった。
通い慣れたジャル=ノールド教会では犯人が捕まった事で聖女達の表情も明るい。聖女と言っても年頃の少女達が集まれば自然と話す内容は恋愛に関してが多い。聖女達は普通の令嬢達のように社交は行っていないが、恋愛に関しての噂話には敏感であった。
「アイリーネ様、聞かれました?」
二人の聖女が私の側にやって来る。
聖女達は満面の笑みで、何か嬉しい事でもあったのだろうか。
「何をでしょうか?」
「ユリウス様とセーラ様ですよ」
ユーリとセーラ様?二人がどうしたと言うの?
考える暇もなく、聖女達は続けて話し出す。
「近頃お二人がとても親密だと噂されているのですが、アイリーネ様がご存知ないのならただの噂に過ぎないのでしょうね」
「そうは言ってもアイリーネ様もユリウス様の全てをご存知なわけでもないでしょう」
「まあ、それはそうですわね」
ユーリがセーラ様と親密?
どうして?噂になるほど二人は一緒にいるの?
だってユーリは忙しいって言っていたのに……
「王宮でも目撃されたそうですよ」
王宮……それならば事件について調べているのかしら?誘拐されたセーラ様を陛下に頼まれたユーリが助けただけなのよ、と二人に説明したいけれど一部の教会関係者以外は真実を知らされていないので言う訳にもいかない。
「お二人が並ぶ姿はまるで対のようだと聞きました」
「まあ、ユリウス様の銀の髪とセーラ様の金の髪!並ぶ姿は本当にお似合いでしょうね」
彼女達は何も知らない。
私がユーリから婚約してほしいと言われていることも、愛していると言われたことも。
何も知らないくせに勝手な事言わないで!
口を開いたらそんな言葉が飛び出してしまいそうで私は口をつぐみスカートをきつく握りしめた。
♢ ♢ ♢
「王宮に寄っても構いませんか?イザーク様」
「ええ、大丈夫ですよ」
イザーク様は教会では少し離れて護衛してくれていたから、聖女達との話は聞かれていないはず。
聖女達の話を聞いてから不安になった。
今までのユーリならどんなに忙しくても会いに来てくれた。だけど、実際ユーリと会ったのはユーリが旅立つ前の話だ。
きっとこの胸のもやもやはユーリに会えば治るはず、ユーリの顔を見れば安心するもの。
馬車に揺られている間、いつもは気にならないのにやけに王宮までの道のりが長く感じられる。
途中、窓から見えるカップルが幸せそうで目について離れなかった。
王宮に到着するとユーリの居場所を探す。
ジョエル様がいつも過ごしている研究室を尋ねるとユーリは休憩中だと言われ心当たりの場所を教えてもらった。ジョエル様にお礼を言って私は目的地を目指した。
ユーリが陛下から使用の許可を得たというガゼボへ向かう。一般の人は入れないからユーリとゆっくり話が出来るだろう。
そう思っていた。
だけど違った、ユーリは一人ではなかった。
許可がないと入れない場所にセーラ様といた。
私以外の女性がユーリの隣にいるのを初めて見た。
聖女達の放った言葉が今更ながらに胸に突き刺さる。
対のよう、お似合い……だと。
「本当に……そうね……」
セーラ様と視線を合わせ微笑むユーリがいる。
声をかけるのをためらい、二人に近づく事も出来なくてただ呆然と立ち尽くす。
二人を眺めているのがこんなにも胸が痛むなんて、こんなにも苦しいだなんて。やっと気づいた私はユーリの事を好きなのだ。でも、もう遅いのかも知れない。どうしてユーリの心が変らないだなんて思っていたのだろう、そんな保証はどこにもないのに。
今まで誰かの容姿を羨んだことはなかったけど、ユーリと並ぶセーラ様を羨ましいと思った。対のようだと例えられる淡いブロンドも私と違って年齢差や身長差も無い事も。
「……イザーク様、帰りましょう」
「アイリーネ様……」
二人に背を向けて歩き出すとイザーク様も無言で歩き出した。家に帰るまでの道中は何があったか覚えていない、ただ気がつけば時間だけか過ぎていた。
読んでいただきありがとうございます




