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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第163話 私の望み

 幸いなことに天候に恵まれて道中トラブルもなかったため、予定通りに目的地に着いた。

 王都から南下した国境沿いの街、ノーエル。

 国境が近いためか街の中には異国の衣装を纏う者や王都ではまず出会えないであろうスパイシーな匂いと味など異国情緒にあふれている。


 この街に来てから既に三日が過ぎ、四日目の朝となった。

 俺達はこの街に遊びに来た貴族の兄弟とその護衛の者という設定だ。だから、朝からこうやって仲良く朝食をとっている。そして情報収穫に明け暮れていたアベルがどうやら情報をつかんだようだ。


「それでアベル状況はどうなんだい」

「はい、ローレンス殿下。情報提供者と接触し、新たな情報を得ました。2日後の夜に闇オークションが行われるそうです」

「そう、ではその時までは待機だね」


 背筋を伸ばし椅子に座り高貴なオーラは隠しきれていないが、ローレンスは御年10歳だ。

 朝から優雅に嗜んでいるのは搾りたてのミルクで、どうやら身長が伸びない事を気にしているようだ。

 言われてみれば、クリスが10歳の時には今のローレンスよりも背が高かった気がする。

 


「何か問題でも?ユリウス」


 ローレンスのエメラルドグリーンの瞳がユリウスに向けられた、不躾に見ていたのが気に障ったのだろうか。



「いや、何でもないよ。早く帰りたいだけだ」

「……それには同感です」



 そうだな、しっかりしていると言ってもまだ10歳だ。陛下も心配だからこそ、自分の側近であるアベルを共にと付けた。ローレンスは馬車の長旅にも不平不満を言わず姿勢を正して座っていた、年齢よりも大人びていて聡明だ。だが、まだ10歳だ家が恋しくなっても仕方ないだろう。



「言っておきますが、家が恋しいなどとは思ってませんよ?」

「えっ?」

「ユリウスと似たようなものです。コーデリアから目を離すのが心配で……」

「……リーネとコーデリアを一緒にするな。リーネはコーデリアのように暴れ回ったりしないぞ」

「……コーデリアも暴れ回ったりしません。コホン、とにかく早く役目を終えて帰りましょう」

「ああ、そうだな」


 ローレンスと意見がまとまったところで、眠そうな顔のジョエルが起きてきた。帰って来たばかりのアベルと共に今から朝食をとるのだろう、王都から離れてもジョエルは規則正しい生活が出来ないようだ。まあ、オークションは夜に行われるみたいだから良いのだけど。作戦が上手く行き早く王都に帰れますように、いつもは祈ったりしないが妖精王に祈ってみることにしよう。



♢  ♢  ♢



 王都は今日も雨。昨日から止むことなくずっと降り続いている。ユーリの行き先は南だとは聞いている、情報が漏洩することを心配して詳しい場所は教えてもらえなかったけど、雨が降っていなければいいなと思う。ユーリ達が旅立ってすでに一週間が過ぎた、まだ王城にも何の報せも入らずにいるそうだ。



「アイリーネはまた窓の外ばかり見ているのですか」


 指摘された通りユーリが旅立ってからの私は窓の外を見る時間が多くなった。もしかしたらユーリを乗せた馬車がやって来るかも、そんなはずは無いと分かっていてもずっと窓の外を眺めてしまう。

 そんな私にお父様は眉を下げてこちらを見た。


「まあ、アイリーネとユリウスがこんなにも長く離れるのは初めてですから、仕方ないのかも知れませんね……」

「お父様、私ユーリが心配で無事に帰って来ますよね」

「もちろんですよ、ユリウスはアイリーネが思っているよりもずっと強いですから」


 そう言って、美丈夫なお父様は美しい笑顔を見せた。

 そう言えばお父様とお母様は恋愛結婚だったはずだわ、お父様はどんな風にお母様と恋をしたのだろう。



「あの、お父様。お聞きしたい事があるのですが」

「私に答えられるかな?何だろう」

「お父様はお母様の事をいつから好きになったのですか?」

「……えっ?」


 始めはただ驚いていたお父様は私の質問を思い出したのか、その後顔を赤く染める。


「えっと……ですね」

「はい」


 お父様はふうとひと息つくと、私をソファに座らせた。


「――いつからと聞かれると出会った時からだと思います」

「どうして分かったのですか?他の人とは違ったのですか」

「そうですね……子供に話すのは恥ずかしい気もしますが、出会った瞬間に心が奪われました」

「出会った瞬間にですか?」

「ええ、今でも覚えてます胸がドキドキして当時王家の森で出会ったのですが、それまで聞こえたいた鳥の声も風が揺らしていた木々の音も聞こえなく――コホン、ですからそういう事です」


 なるほど。

 そう言えばエイデンブルグの落日にも初めて出会った時の事柄が詳細に書かれていた。

 それが恋の出会いだとするならば、私がユーリに対して感じた思いはまた違うのだろうか。


「ですがアイリーネ、人がそれぞれ違うように恋や愛も人によって違うのですよ」

「人によって違う……」

「出会った瞬間に恋だと感じない場合もあるでしょうし、それに必ずしもいい感情だけではありませんしね」

「いい感情だけではない?悪い感情も抱くのですか?」

「そうですね、好きだからこそ離れたくなくて疑ったり時には執着したり嫉妬したりと、いい感情ばかりとはいかないでしょう」

「………」


 自分の想いが恋かどうかすら分からないのに、いい感情だけではないと言われても困ってしまう。

 そもそも人によって違うならお父様の時と比べても仕方がないと言うことだ、思わず眉間に寄せたシワを苦笑いで見つめたお父様はこう言った。



「時間はまだ少しあるのでしょう?それならこの機会に考えてみてはどうですか、アイリーネが望むは何なのか」

「私の望み……」

「ええ、誰と過ごしたいのか、誰と共に分かち合いたいのか、それから……誰の隣に立ちたいのか。この先、デビュタントだってあるのですから、今回考えておくことも大切ですよ」

「わかりました、お父様」



 雨はまだ止まないけど、少しだけ空が明るくなった気がした。




 









 

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