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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第162話 出発の時

 それは突然の事だった。

 いつものようにユーリがオルブライトの屋敷にやって来て一緒に夕食を食べた。そうして何事もなく一日が過ぎていく、そう思っていたのに。

 ユーリの話を聞いて動揺した私は思わずティーカップを倒してしまい、熱い紅茶がテーブルに溢れてしまった。



「リーネ、大丈夫か?火傷していないか?」

「だ、大丈夫です。それよりも――」


 本当は指に熱い紅茶がかかり少しヒリヒリと痛むけれど、ユーリの話が気になってそれどころではない。



「……大丈夫じゃないだろ、見せて」


 少し低い声でユーリが怒っているように見えるから、仕方なく右手を差し出した。


「やっぱり!赤くなってる!すぐに冷やさないと!」

「これぐらい大丈夫です、ですから――」

「大丈夫じゃない!」


 ユーリが大きな声を出したから、お父様が何事かとやって来て私の指を見た途端に慌てて神聖力を使い治癒してくれた。



「お父様もユーリも大袈裟ですよ」

「……アイリーネ、私もユリウスも君に痛い目にも苦しい目にも合ってほしくないんだよ」

「………」


 こういう時のお父様は悲しそうな顔をするから、これ以上何も言えなくなる。多分私が無理をしたり毒に倒れたりしたからお父様はこんなにも心配症になってしまったのだろう。

 過保護だと思うけれど反発してしまうとお父様が悲しむ気がして、私はこんな風に言うと決めている。



「ありがとうございます、お父様」

「……いや」


 お父様はそう言うと部屋を後にした。

 溢れた紅茶を手際良く片付けて新しいティーカップを用意してくれたオドレイも退室したから、ユーリと二人きりになった。ユーリがこの家に来たのと同時にイザーク様とシリルは一緒に出掛けているから今この場にはいない。



「それで先程の話は本当ですか?」

「……ああ、残念ながら本当だよ。聖女が一人誘拐された。聖女の名誉にも関わるから誰にも言ってはいけないよ?」

「はい、分かってます」

「それでねリーネ、明日から聖女を救出するために遠くに行かなくてはいけないから、暫く会いに来られないんだ」

「えっ、ユーリが行くのですか?」

「うん、そうなんだ」


 どうしてユーリが行かなくてはいけないのだろう。

 王宮には立派な騎士団があるのに?

 ユーリはまだ学生なのに?立派な大人達が沢山いるじゃない。


 

「そんな顔しないでリーネ」

「そんな顔?」

「ここにシワが寄っているよ、納得できないって顔してる」


 私の眉間を指でトントンと触るとユーリは微笑んだ。


「リーネも知っていると思うけど俺は強いから大丈夫だよ」

「それはそうかも知れませんが……」


 それでも納得いかない、ユーリに危険な目に合ってほしくないもの。同じソファに座る隣のユーリを見上げると私の視線に気づいたのか、こちらを見た。

 ユーリは私と目が合うと"お願いがあるんだ”と真剣な眼差しで言った。



「リーネと出合ってから一番長く側から離れる事になると思う」

「遠い所なのですか?」

「詳しい場所は言えないけど、馬車で5日以上かかるだろうね」


 だったら往復だけでも10日かかる……向こうに滞在する時間を加えれば2週間以上会えないことになる。

 確かにユーリとそのような長い間離れていた事はない。ましてや同じ王都にいないだなんて今までなかった。

 そう考えると寂しくなってくる、いつでも会えると思っていたのに、そうではないのだと気づいてしまった。もしも私がユーリと婚約しなければユーリと会うことも無くなるのだろうか。


「だからリーネお願いがあるんだ、俺が頑張れるように」

「何かすればいいのですか?」

「いや、何も……その……抱きしめてもいい?」

「――えっ!?」

「えーっと……友達や家族でもするだろう?リーネが嫌だと言うなら諦めるよ」

「嫌ではありませんが……わかりました」


 そう言って私は覚悟を決めた。

 そして遠慮がちに手を広げたユーリはそのまま私を抱きしめた。


 抱きしめた瞬間はただ恥ずかしいとしか思わなかったけれど、時間がたつとユーリの体温と香りがとても心地よくていつまででもこうしていられる気がした。

 それでも恥ずかしのは変わらないから、赤くなっているだろう顔を隠す為にユーリの胸に顔を埋めて見えないようにする。





 リーネはちゃんと腕の中にいる、大丈夫。

 そう何度も自分に言い聞かせる。

 回帰後、リーネから離れる事に恐怖心を覚える自分に気づいた。恐らく回帰前にリーネから離れた後、初めて再会したのがあの断罪の場だからだろう。

 リーネと離れてしまえばまた同じような事が起きるのではないかと考えてしまう。

 痩せてボロボロの布切れを纏い髪も不揃いに切られてしまったリーネ、名を呼ぶと驚いたように目を見開いたあの瞬間が忘れられない。手を伸ばしても間に合わなかったあの日を忘れてはいけない。


 聖女を助ける為に救出作戦に参加する、それは本当は建前だ。犯人を放置していると今度はリーネが狙われるかも知れない。だから、犯人を根絶やしにするついでに聖女を救出する、という方が正しいだろう。

 リーネのためだと思ってもリーネに会えないのは辛い。だから、いっぱいリーネを抱きしめてこの温もりを忘れない内に帰ってこよう。




 翌朝目が覚めると、ユーリはすでに出発して後だった。私の顔をみたら行きたくなくなるからと言っていたとお父様は笑っていたけど、昨日のユーリの温もりを思い出すとなんだか泣きそうになる。

 だから、無事に帰って来ますようにと祈った。

 怪我などせずに早く帰ってきますようにと願った。

 イルバンディ様は私の前に現れた事はないけれど、それでも私の声は届いているはず、だからユーリが帰ってくるまで毎日祈ることにしよう。そうすればきっと叶うはずだから。


 そう思いながら見えるはずのない馬車を求めて窓の外をただ呆然としながら、暫くの間眺めていた。


 







読んで頂きありがとうございました

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