第159話 令嬢達の見る夢は
ユーリが私の部屋から去ってからも暫くの間ソファに座り込んていた。
どうしよう……急に積極的になったユーリにこの先どんな顔をして会えばいいのか分からない。それから婚約の事も考えてユーリに返事をしなくてはいけないし……考えなくてはいけない事が沢山あるが、いつもは眠っている時間のためか欠伸が出て、今にも瞼が閉じそうだ。
手早く寝衣に着替えベッドに滑り込むと、直ぐに眠りに誘われた。
これは、夢なのだろうか。
アイリーネは気が付くと、暗闇の空感にいた。
上を見ても下を見ても、その場でくるりと回転し辺りを見渡しても黒一色である。
それでもと歩き出そうとしていた足を止めた。
暗闇すぎてこの先に道があるのか、それとも道などなく暗闇に吸い込まれるように転落してしまうのではないかと迷う程である。
アイリーネは恐る恐るその場に腰を下ろした。
なんて最悪な夢なのだろう。アルアリアでは年の初めに見る夢は今年一年を占うとされている。それなのにこれが今年初めての夢だとしたら、今年の私の運勢は暗闇だと言う事なのだろうか。
ハァとため息をついて膝を抱える。
夢ならば早く覚めてほしい。
どうせなら楽しい夢を見たかった。
こんな暗闇に一人ぼっちではなく、みんなと楽しく過ごす夢が見たかった。それに、もしも夢ではなかったらどうしようと不安になってくる。
暗闇に染まってしまいそうで……怖い。
「おチビちゃん、こんな所で何をしているのかな?」
私の気持ちとは裏腹に呑気な声が聞こえて来た。
アイリーネは聞き覚えのある声に伏せていた頭を勢いよく上げると、闇の中から現れたその人は長い黒髪を垂らしながらアイリーネを見下ろしていた。
「カルバンティエ様!」
夢の中とはいえ、暗闇の中に一人のきりでいるのはアイリーネにとって大変心細かった。カルバンティエの姿を認識すると思わず笑みがこぼれ、嬉しさのあまりアイリーネはカンバンティエに飛びついた。
「わっ、おチビちゃん。熱烈な歓迎だね」
カルバンティエ様にそう言われてハッと我に返った。いくら一人で不安だからと言ってこんな風に飛びついたりして、カルバンティエ様に失礼な事をしてしまったわ。
すぐさまカルバンティエから離れたアイリーネは謝罪した。
「カルバンティエ様、ごめんなさい。あの私気がついたらここにいて……」
「いや、構わないよ。一人で心細かったのだろう?」
「………」
夢なのだと、そう思っているけれど、もしも現実だったらどうしようと不安だった。夢だとしても、もしも目覚める事がなかったらどうしようと思った。
いつまでこの暗闇にいなくてはならないのかと……
そんな風に考えていると自分の目に涙が浮かんで来たのがわかったから、必死で泣くのを堪える。
「おチビちゃん……せっかくこうして出会えたのに、嫌な記憶のまま別れたくないね……」
カルバンティエは優しい声でそう告げると手を上に掲げた。するとカルバンティエの手の動きに合わせるように暗闇の中に夜空に光る満点の星空が現れる。
どこまでも続く星空がとても綺麗で思わず「すごい」と呟いた後、アイリーネは目を輝かせた。
「おチビちゃん、どうだい?凄いかい?」
「凄いです!」
「それはよかった。ねぇ、おチビちゃん。君は一人ではないし、暗闇もいつまでも続かない。だから君は君の道を行けばいい、真っ直ぐに続く君の道を……」
ちゃんと覚えているんだよ、と言っているカルバンティエ様の声が遠ざかり目が覚める。目が覚めると見慣れた自分の部屋で夢でよかったとホッとする。
眠るのが遅かったから朝寝坊をしてしまい時計を見て驚いた。オドレイも夜更かししたのを知っているのだろうか、私を起こしに来た様子はないわね。
カーテンを開けると陽の光が眩しくて目を開けていられないほど、よく晴れている。
快晴な空を見ていると、昨日の夢とは打って変わって明るくて、よし今年も頑張ろうとそう思えた。
♢ ♢ ♢
私は今夢の中にいる、すぐにわかった。
だって先生が言っていたもの、私には前世というものがあり高貴な令嬢であったと。
「将来お前の夫となる方だよ、この国の未来の皇帝陛下だ」
「本当ですか?お父様」
お父様はこの国の宰相だからお父様の言う事に間違いはない。今日は軽く挨拶を交わしただけではあるけれど、ひと目で気に入った。艶を持った黒髪に海のように青い瞳はまるで宝石のよう、私だけの皇子様だとそう信じていた。
信じていたのに、何が神託よ!妖精王?愛し子、そんな物必要ないわ。それなのに私のイザーク様を横取りしたあの泥棒猫が当たり前な顔でイザーク様の隣にいるの。こんなのあり得ない、認めないから。
だから、あの女が嘘つきで何の能力もない、ただの田舎者だと噂を広めてやった、それでもイザーク様は私に見向きもしない。
ある日、旅の途中だという術師からイザーク様が洗脳されているのだろうと告げられる。なる程、それならばイザーク様の私への対応も納得できる。
だから、あの女を断罪することにした。処刑してしまえばイザーク様も元に戻るはずだわ。
そんな時、イザーク様が魔獣の討伐に向かわれた。行動を起こすなら今だと教会にも圧力をかけてあの女を牢屋に閉じ込めた。自白がなければ、罪を認めなくては断罪までに時間がかかる、そんな悠長な事ではイザーク様が帰って来てしまうではないか!だから、あの女の弟を捕まえた、そうして人質をとりようやく罪を認めた。愛し子だというのは嘘だと、偽りだとようやく認めたのだ、私は安堵した。これでイザーク様は開放されるだろう。
それなのに……イザーク様は私を睨みつけた。
私が好きだった宝石のような瞳は陰りを見せ、私をまるで汚い物でも見るような目で見ている。
どうして?まだ洗脳されているの?
「よく似合ってると思いませんか?それから、あの忌々しい白い花もすべて処分してさしあげましたわ!あの偽物のように!」
そう言って、あの女から取り上げた本来なら私の物であった青い石のついた指輪をイザーク様に見せるとイザーク様は豹変した。
側にいるのが恐ろしい程に魔力が膨れ上がり、距離を取ろうと一歩足を引いた瞬間にそれは暴発した。
城が半壊する程の爆発は近くにいた私を吹き飛ばした。私は横たわったまま、体中が痛くて苦しくて声も出せない。薄れゆく意識の中であの女が本物の愛し子だと、妖精王は存在するとそう聞こえてきた。
そんな馬鹿な!あり得ない!私は悪くない、だって皆だってそうだったって言ったじゃない!
「自分達で自分達の首を締めるなんて、悪趣味だね」
耳元で聞こえてきたこの声はあの術師なの?
あなたも言ったわよね?あの女は偽物だって……
「私が直接愛し子に手をかけては意味がありませんからね。あなた達が断罪する事に意味がある、そうすれば妖精王の怒りによってこの国は滅びるでしょう?」
私を騙したのね、許さないから!
「……あなたに何が出来るのですか、もう命の灯火が消えようとしている、あなたに……」
「マリア様、大丈夫ですか?」
声を掛けられて、ハッと目を覚ました。
「マリー?」
「ええ、そうですよ。うなされていましたので……」
「……そう」
私は夢を見ていた、ただの夢よね?
あれが前世のはずがないもの。
そう思いたいのに、まるで恐怖を体感したかのように体が震えて止まらない。
マリーがお父様とお母様を呼んで来てくれて、私は二人に抱きしめられた。そうしてようやく私は落ち着きを取り戻していった。
この夢が本当なら、私がイザーク様に愛されることはない、そう悟ってしまうと悲しくて涙が出てきた。両親にいくら慰めてもらっても、私の涙は止まらなかった。
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