第15話 初めてのお茶会と黒い霧
アイリーネの人生においてこの日を語らないで先に進む事はないだろう。それほど重要な日で間違いない。
「お嬢様とってもお似合いです」
「そう?」
「はい!」
専属侍女のマリーに言われ大きな鏡に映る自分を見つめてみる。白いシフォンのフワリとしたドレス、首や袖の周囲には髪の色と同じピンクで可愛い花の刺繍が施され同じくピンクのリボンはウエストで存在感をアピールしている。派手な装いではないが王妃様主催のお茶会なので上品なものが好まれるだろう。
10歳になったアイリーネは初めてお茶会に参加するが妖精のポポも一緒だから緊張はしていない。ポポはアイリーネが2歳の時に名付けてあげた。名を付けるとアイリーネと同じシフォンピンクの髪と蜂蜜色の金眼となった。
(オソロイダネ)
嬉しそうにポポは笑っていた。ポポが妖精が見える事を喋ってはダメと言ったのでみんなには内緒にしている。
「いつまで準備しているの?」
「あっ、お母様」
「さっさと馬車に乗りなさい」
「……はい」
お母様は私に興味がない。私が何を着ようが何をしようが関係ないとばかりに何も言わない。手を繋いたり抱きしめてもらった事もないがお兄様が今までは居たので寂しくなかった。この春からお兄様は学園の寮に入ってしまったが、今日のお茶会では会えるだろう。今回王宮で行われるお茶会10〜15歳ぐらいの男女が招待されている。
今日は天気もよくお茶会はガーデンで行うようだ。色とりどりの花が咲き誇る側に丸いテーブルと椅子が並べられている。テーブルにはスコーンにマカロン、クッキーにマドレーヌなど焼き菓子が並べられメイド達が紅茶を運んでくる。合流したユリウスは黒系のフロックコートがとても似合っていて周りの令嬢が色めき立つも本人は心あらずである。
「お兄様どうかしたのですか?」
アイリーネは心配になるもユリウスは何でもないと席を立ってしまう。
「リーネはゆっくりお茶を頂いてて、クリスに挨拶してくる」
「……わかりました」
取り残されたアイリーネは寂しいと顔にはださずに淑女の装いで紅茶を飲み始めた。
途端にクスクスと笑う令嬢達が目に入る。アイリーネを見て笑っているようだが心あたりはない。アイリーネは内心は不安であるも令嬢達に注意する。
「何を笑っているのかはわかりませんが、失礼ですよ?貴女、テイラー嬢ですよね?」
「ププッ、上品ぶって!!偽物の公爵令嬢でしょ?」
「何をいってるのですか!?」
クスリと含みがあるように笑い、周りの令嬢に問いかける。
「ねぇ、皆さま。アイリーネ様が偽物だと知ってますよね?貰われった子供だって!」
中には戸惑う令嬢もいるがもう1度マリアが問うと、マリアの身に着けているペンダントから黒い霧が現れる。霧が他の令嬢に広がると「そうだ」とマリアに同調していった。
(ポポあれは何?)
(……アレハ、ヨクナイモノ)
(良くないもの?)
(ヤミ丿マジュツカナ?ヤミノチカラカンジル)
――闇の魔術?あのペンダントに何かあるの?
キャッと誰かの声がした。斜め前に座っている令嬢が紅茶のカップを倒したようだ。メイドが慌てて駆け寄り、ドレスに付いた紅茶を拭っていく。淡いピンクのドレスは紅茶が染みとなり落ちそうにない。
「今日の為の新しいドレスなのに」
ドレスが汚れた令嬢が泣き出し周りにいる令嬢が慰めているも泣き止まず、ちょっとした騒ぎになっていた。
「どうかしたの?リーネ?」ユリウスが人を掻き分けアイリーネの側にやってくる。アイリーネは兄の顔を見ると安堵した。
「お兄様……それが…」
「アイリーネ様のせいですわ!」
「貴女は先程から、何をおっしゃってるんですか?」
マリアはアイリーネを指指しながら非難した。
「アイリーネ様のせいで汚れたのです!そうですよね?」
マリアが問うと黒い霧が再び出現し周りの令嬢は「そうだ」と肯定していいく。
「リーネ、悪気がなくてもちゃんと謝らなければいけないだろう?」
ユリウスには黒い霧はついていない。ユリウスはアイリーネの味方だと思っていたが多数の令嬢が肯定する中でそちらを信用したのだろう。
アイリーネは誰より信じてほしいユリウスに言い分も聞かれなまま、自身を否定された事とマリアが言っていた偽物の公爵令嬢と言われたのがショックでその場を走り去った。
「リーネ、待ちなさい!」
ユリウスの制止が聞こえてもアイリーネは止まることなく駆けていった。
外廊を理由もなく歩いていると王宮務めをしている公爵である父を見つけた。アイリーネは思わず父に駆け寄った。
「お父様!」
「アイリーネ?どうしたんだい?」
アイリーネが駆け寄った事にびっくりした父だったが、アイリーネが話しがあると伝えると中庭にあるガゼボへ行こうと案内してくれた。
「どうしたんだい?」
離れた場所に護衛の兵士がいるもののガゼボの空間は父とアイリーネの2人である。アイリーネは思いきってマリアが言ったことを尋ねることにした。父はきっと「そんな馬鹿なこと」と笑ってくれると信じて。
「そうか、何故テイラー嬢が知っているかは、解らないが……本当なのだよ。アイリーネ、君の本当のお母様ははお亡くなりになってる。お父様は外国にいらっしゃるんだ。デビュタントが終えたらちゃんと話そうと思ってたんだよ……」
アイリーネは息をのんだ。否定したいのに母の自分への態度は自身が産んだ子供ではないからだと思うと納得できた。父が目の前で色々話をしているが話している内容も頭に入らない。
「お兄様もご存知なのですか?」声を震わしながら問いかける。
「いや、ユリウスは知らない。アイリーネ、血が繋がってなくても君が娘なのに変わりはないよ?」
「……は、はい」
最後に義父はアイリーネを抱きしめると、仕事に戻っていった。一人になったアイリーネはうつむいてガゼボの中で座り涙をこらえ耐えていた。
(アイリーネ、カナシイ?)
「うん、悲しい……」
ポポはアイリーネの肩に乗るとそっと顔に頬を寄せた。
「ありがとうポポ」
ポポの優しさに触れ、気持ちが少し落ち着いてくる。
「こんな所にいたの?アイリーネ。聞きましたよ、すべて貴女に話したとお義父さまから。自分の置かれた状況が理解できましたか?」強めの口調で早口に言った義母はニコリともせずアイリーネを見下ろしている。
「はい」アイリーネは小さく返事するに留まった。
「まったく!公爵家にいる以上、公爵家の品位は損なわないでね?それから、ユリウスには必要以上に近づかないで。貴女のお母様は結婚もせずに貴女を産んだ。その血が貴女にも流れているの、ユリウスとは違うのよ」
義母と2人で会話することはほとんどなく、一番会話をしたのは今現在である。声を荒げることなどなかった義母が興奮気味に一方的に話す姿を見て、アイリーネは本当の母ではないし、嫌われているのだと実感した。悲しくて涙が出そうになるも、淑女はみんなの前では泣くものではないと教えられ、下を向き深呼吸をしながらアイリーネの膝に移動したポポを見つめた。
(ズットイッショ)
(うん、一緒)
「リーネ、いた!!」
遠くから声がした。アイリーネを捜していたらしいユリウスがこちらに駆けてくる。
「では、頼みましたよ?」義母はそう言い残すとユリウスと入れ違いに去っていった。
「母上と何か、話してたのか?」
「……何でもありません」
「そう。リーネどうして謝りもせずに逃げたんだ?」
「………」
謝る必要がないからだと言いたいが涙がこぼれ落ちそうで、声がだせない。義母に近づくなと言われ、ユリウスの前では泣きたくなかった。
「だんまり?妹が謝ることもできないとか恥ずかしいよ」
妹なんがじゃないと言ってしまいたい。義父は義兄が知らないといった。沢山の情報が入りアイリーネはパニックである。
もう、頭がグジャグジャで、わからない!!
「私は、公爵令嬢じゃありません」
年を重ねるに連れ、自身のアイリーネへの気持ちに苦しんでいるユリウスにとって、自身の願望を見透かされたようで焦りを感じた。
「じゃあ、妹でもなんでもない。好きにどこでも行けばいい」
冷ややかに言い放ち、アイリーネから逃げるように立ち去った。
(スガタカクシテアゲル、コエモ。ナイテイイヨ)
「―――ポポ」
ポポのおかげで誰にも見られない事に安心したアイリーネは大粒の涙を流し声を出しながら泣く。ポポは膝の上でアイリーネが泣き終えるのをひたすらに待つことにした。ポポに涙が落ちようと待ち続けることにした。
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