第156話 平穏な日々が
朝からパラパラと降っていた雪も昼を過ぎると止み、庭を見渡しても積もっている様子も見られない。
「これなら、馬車の通りも大丈夫ですよね」
「そうですね、アイリーネ様。ユリウス様ももうすぐ来られるでしょう」
「もう、準備もほとんど終わったわ。あとは時間になれば料理が運ばれてくるだけよ」
イザーク様にそう言うと私は部屋の中を見渡した。
いつも使っている食堂ではなく、今日はあまり使われていない居間でパーティーを行う予定だ。
このオルブライト家は通常の貴族とは違い貴族階級には属していない。その為、お父様も積極的に社交をする事なく過ごしている。この家に越して来てから初めてこの居間を使用するのだが、普段から手入れをされていてホコリなども見られなかった。
それでも、家具のないガランとした部屋にお父様は今回、家具を購入した。大人数が座れる長いテーブルにイスは白で統一されている。それから絨毯にカーテンも新しい物を購入し、シャンデリアは元々倉庫に眠っていたらしいがクリスタルで出来た花の付いた大層可愛いデザインで一目で気に入った。
部屋を見たシリルは「わあ、リオンヌ様気合入っているね」と言うほどだったが、お父様は私が社交するようになればいずれ使う部屋だからと言っていた。
デビュタントを終えれば私も他の令嬢のように社交をする日が来るのだろうか。
「アイリーネ様、馬車が見えて来ましたよ」
窓の外を眺めていたイザーク様に声を掛けられたので、私は慌てて窓際に駆け寄った。
窓の外には一台の馬車が門をくぐり屋敷の方へ向かって来ている。馬車は普段ユーリが使用している公爵家の馬車で間違いない、私はそのまま玄関ホールへと足を向けた。
「いらっしゃいませ、ユリウス」
玄関の扉を開けるとすぐにリーネが出迎えてくれた。リーネはレースが重ねてある白いワンピースがよく似あっていて、目が奪われた。いつもは下ろしている髪もアップしておりいつもより大人っぽい。
この姿を見るとリーネも現在13歳となり、断罪された年齢に刻一刻と近づいているのだと改めて考えさせられる。
「今日はお招きありがとう」
そう告げるとリーネは嬉しそうに笑った。
リーネは外出も制限されていて、きっとこの日を楽しみにしていたのだろう。
「あれ?シリルも一緒に帰って来たの。雪が積もれば馬車は危ないからと言って、歩いて出掛けたから心配していたのよ?おかえりなさい、シリル」
「うん、ただいま。雪も止んだしどうしようかと思っていたら、ユリウスと偶然会ったから馬車に乗せてもらったんだ」
「………」
えっ?待って!
いらっしゃいませ……俺はお客様だから。
おかえりなさい……シリルは一緒に住んでいるから。
じゃあ、もしかしてイザークにもおかえりなさいと言うのかよ!
狭量だと思われるかも知れないが、納得したくない。俺だっておかえりいいに決まっている。
「……だからユリウス。凄い顔してるよ」
「……だから、ほっとけ」
そんなこんなで、出迎えてくれたリーネと共に案内された部屋に入ると以前の部屋とは比べ物にならない程の代わり映えに驚く。
以前は家具もなくただの空き部屋だったはずの部屋は真新しい家具を始めこの日の為に用意されたであろうご馳走が並んでいた。
「すごい豪華だね、リーネが準備したの?」
「準備と言っても部屋の準備はお父様ですし、料理は料理長ですから……私はそんな大層な事はしてませんが」
「いや、そんな事はないよ。リーネがみんなの事を考えて用意してくれたのが、嬉しいよ」
「いえ、そんな……」
褒められて照れているリーネも可愛いな、なんて考えていたら皆の視線がこちらに向いている事に気付いたから、コホンと咳払いをして席についた。
夜会の様に好きな物を自分で取り分けるようにしたらしく、食事をするテーブルとは別に食事が用意されていた。
「好きな物を好きなだけ食べれるの?」
シリルはガッツポーズをしているが、すかさずイザークに苦言を呈される。
「だからと言って肉ばかり食べろと言う意味ではありませんからね、バランスよく食べて下さい」
「……イザークは僕の"お母さん“なの?」
イザークをからかう様に話すシリルだが、シリルよ、イザークに通用すると思うのか?
「……いいですね?バランス良くですよ」
「……はい」
イザークはシリルの言葉など気にする様子もなく、シリルに顔を近づけると言い聞かせた。
ほらな、シリル。イザークには効かないだろ?
皿を見れば分かるが、みんな個性的でそれぞれの特徴が出ている。
シリルはやっぱり肉か、煮込みに焼きと種類の違う肉に申し訳ない程度の野菜。気をつけろよ、イザークにチェックされているぞ。イザークは人に言うだけあってバランス良く盛られている、リオンヌ様は濃い味付けが苦手なのかアッサリしている物が多い、リーネは……ん?こっちを見ている?
「どうかしたの?リーネ」
「えっ?いえ、何でもありませんよ」
「こっち見てたよね?」
気のせいではなかったようで、図星を指されたらしいリーネは目が泳いでいる。
「ユーリが……何を食べるのか見ていたんです」
「俺が?」
「ユーリが好きな物が何か考えたのですが、分からなかったから。いつも好き嫌い言わずに食べていますよね?」
「ああ、成る程。俺は特に食べ物に好みがないんだ。お腹が空くから、体力を維持する為だけに食べるだけだから不味くなければ何でもいいんだよ」
「そう、なのですか?」
うん、そうなんだよ。と笑っておく。
食べる事はどうでもいいんだ。
誰と食べるかが重要だから。
こうやって、皆でワイワイ言いながら食事をして隣にリーネがいて、美味しそうに食べているリーネを見ていられる、それが好きなんだ。
料理長に手を上げて合図するとすかさず料理長がこちらに向かって来ると皿を差し出した。
「はい、どうぞ。お土産だよ」
差し出した皿の上にはカットされたイチゴのタルトが乗っていて、それを目にした瞬間にリーネの目が輝いた。
「イチゴのタルトですか?」
「うん、そうなんだ。最近売り出したばかりで人気なんだよ」
「ありがとうございます、嬉しいです」
「あ〜僕も買ったんだよ?チョコのやつね」
「そうなの?ありがとうシリル」
「どういたしまして」
本当ならイチゴのタルトがもう一つあったのだけど、マリアと会った事を敢えて言う必要ない、だから黙っていよう。
「頂いていいでしょうか?」
「どうぞ、召し上がれ」
「はい、頂きます」
そう言って嬉しそうにイチゴのタルトを食べているリーネを見ていると、この姿が見たかったのだと実感する。
こんな穏やかな日々がいつまでも続けばいいのに、とそういう訳にはいかないと分かっていても願わずにはいられなかった。
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