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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第155話 イチゴのタルト

 今年最後の日はとても寒い日となった。

 アルアリアの冬は寒く雪が振る日も少なくないが、積もったとしても薄雪である。今日も先程から降り出した雪は回雪となり、風の冷たさが身にしみる。


 手袋越しでも伝わる寒さに手をこすり合わせて馬車に乗り込むと御者に声を掛けた。



「オルブライトの屋敷に行く前に、少し拠る場所があるのだがいいだろうか」

「もちろんです。ユリウス様」


 御者に行き先を告げると馬車は動き出した。


 

 この座り心地の良いクッションの馬車も御者もヴァールブルク公爵である父が用意してくれている。

 家を出る決断をした俺が使用することは気が咎めるが父は正式に家を出るまでは、公爵家の人間だと俺に対する態度を改める様子はなく、父に甘えて使用させてもらっている。

 卒業と同時に家を出るつもりだったのだが、マリアの教育が基準まで達していない為、今の段階では難しいようだ。元々は後継者として教育されていた俺のわがままだから、もう少し待とうと思う。



 馬車に揺られて暫くすると、大通りの一角に馬車は止まった。馬車を降りると、雪が舞っているというのに大勢の人で溢れていた。

 目当ての店に入ると店の中もまた多くの買い物客が居た。何やら騒がしい店の中に見慣れた後ろ姿を見つけて声を掛ける。



「おい、シリル?」


 えっ?と言いながら柔らかそうなクリーミーブロンドを揺らして振り返ったシリルは、俺の顔を見て目を丸めた。



「あれ?ユリウスじゃないか。ユリウスもタルトを買いに来たの?」

「ああ、そうだ」


 

 そう、タルト。この焼き菓子店で先日より売り出したタルトが令嬢達にすごく人気で今日のお土産にしようと前もって予約していたのだ。

 イチゴがいっぱい乗ったタルトを見たら、きっとリーネも喜ぶだろうと、考えるだけで口元が緩む。



「それにしても騒がしくないか?」


 店内は人が大勢いるが話し声というよりも、金切り声というのだろうか、女性特有の高い声が聞こえる。


「……どこかのワガママ公爵令嬢が騒いでいるみたいだよ」

「公爵令嬢?嫌な予感がするな」

「その予感は当たってるよ」

「………」


 人混みを掻き分けて先頭に向うと案の定マリアがいた。洋服のセンスだけはまともになったマリアは上品なシンプルなワンピースに身を包んでいるが、店員に対して声を荒げている。



「どうして私には用意できないのよ!」

「申し訳ございません、あいにく本日は全て予約の分のご用意しかありません」

「私はこの国で一番と言ってもいいぐらいの身分なのよ?それなのに用意できないの!?」


 マリアの発言に驚いてシリルと顔を見合わせた。

 この国で一番?そんな訳ないだろ、他の家にも公爵令嬢はいるし、何よりこの国には王女であるコーデリアがいる。不敬罪だと言われても仕方がない発言だ。

 マリアには後継者として自覚してもらわないと困る、だがこのまま評判が悪くなるのはまずい。



「なあ、シリル。タルトって予約してるよな?」

「うん、イチゴのとチョコとナッツのも予約してるよ」

「じゃあ、俺の分を回しても大丈夫だよな?」

「いいけど……ユリウスがあの子に優しさみせるなんて珍しいね……。あ、だから雪が降ってるのか」


 そんな軽口を言ったシリルを軽く睨みながらマリアに声を掛けた。声を掛けられたマリアは少し叱っただけなのに、目に涙を溜めて可哀想な自分アピールをしている。



「今日みたいな人が多い時に予約必須なのは当たり前だろ?」

「……だってお兄様……お母様に人気のタルトを食べさせてあげたかったのですもの」

「……専属侍女もマリアを止めないで何やってる」


 

 マリアの横で身を縮めて俯くマリアの専属侍女のマリーに苦言を呈すとマリーは更に顔を青ざめた。


 回帰前はリーネの専属侍女だったマリー。

 姉妹のように扱っていたリーネを裏切ったマリー。

 家族を人質に取られていたとはいえ、その罪は重い。

 マリーへの当たりが強くなってもそれは仕方がないだろう。



「お兄様、マリーを叱らないで下さい」

「……そうだな、一番悪いのはお前だな」

「ひどい…」


 顔を覆って泣き出したマリアにげんなりする、そんなに酷い言葉ではなかったはずだ。ああ、早くタルトを買って帰りたい。



「俺の予約しているタルトをやるから、それを買って帰れ」

「えっ?いいのですか」


 内心、涙はどこに行った?と思うけれど敢えて言わない。言ったらまた泣くに決まっている。


「ああ、シリルも予約してたからな」


「ありがとうございます、お兄様」


 不本意だが世間的にはマリアの兄であるから気は進まないが、そんな素振りは見せずに店員に謝罪をし、ようやく念願のタルトを買って店を出た。



「お兄様、私が欲しかったのはイチゴのタルトではありませんがありがとうございました」

「………」


 うるせーよ!お前の為じゃなくてリーネの為に予約したんだから当たり前だろ。だったら食うな!と言いたいが敢えて言わない。言えば面倒くさい事になるだろうから。


 まあ、一応は礼を言えるんだな。頭を下げているマリアに少しは成長しているのだろうか、と思う。

 元が酷すぎて分からないがな、とも思う。


 

 歩いて来たと言うシリルを馬車に一緒に乗せると、やっとホッと一息ついた。



「お疲れ様、ユリウス。………凄い顔してるよ?」

「……ほっとけ」


 

 窓の外を見ると雪もやんだようで、これならば馬車も問題なく走れるだろうと安心した。


 早くリーネに会って癒やされたい。

 それに、今夜はいよいよ卒業パーティーのパートナーの話をしようと思っている。

 リーネに伝えたらどんな顔をするだろうか、嫌がられたらどうしようか……いや、そんなマイナスな考えは良くない。うん、自分を信じろ。


 そう自分を励ましている内に馬車はオルブライトの屋敷へと到着した。

 

読んでいただきありがとうございます


暑くなる時に寒い時の話。季節感なしです。



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