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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第154話 考えるほどに

 年末が近いこの時期、アルアリア国民は忙しい。

 年が明けると始まる建国祭の準備する者、仕事納めに備える者などその理由は様々であるが、オルブライトの屋敷では年末のパーティーに向けての準備に追われていた。


 

「みんなの好きな食べ物を用意しなくてはいけないでしょ?ねっ、料理長」

「そうですね、お嬢様」

 料理長の書いたメニュー候補が書かれた紙に目を通す。


 アイリーネは料理長にパーティーに用意する献立を相談する事にした。誰かの為にメニューを考えるなんて初めてで、最初は単純に楽しんでいた。

 皆の好きな物?何かしら?

 シリルはお肉でしょ、イザーク様はコーヒー?違うわ食べ物じゃないもの。お父様はお魚を好んで食べているかしら。


 それからユーリは……あれ?ユーリは特に好んで何かを食べているのを見たことない。

 そう言えば、ユーリは私の好きな物を私以上に知っている。"リーネが好きそうだろ“と言ってよくお土産を買ってきてくれる。


 

 ………私、ユーリの事どれだけ知っているの?

 生まれた時から一緒にいるくせに好きな食べ物も知らないの?だったら嫌いな物はどうかしら、と考えてみても思い浮かばない。


 これでは私は与えて貰うばかりで、相手の事が考えられていない嫌な子じゃないの。そんな風に身勝手な自分を思うと気分が沈んでいく。



「お嬢様、どうかしましたか?」

「……ううん、何でもないわ。メニューだけど少し考えても大丈夫かしら」

「それは……構いませんが……」


 明らかに表情が暗くなったアイリーネを心配する料理長だったが、夕食の準備のため厨房へと帰っていく。


 

 そう言えば私がユーリの隣にいたい、恋愛感情かは分からないけどユーリが好きだとそう言ってからもユーリの態度は今までと変わる事はなかったわね。

 あれからお祖父様の事件などもあり、教会と家以外の場所に出向く気にもなれなかったし、ユーリと二人きりでどこかに出掛ける事もなかった……。

 私の気持ちが追いつくまで待ってくれているユーリでも、いつまでも今のままではいられない。ユーリは春になれば学園だって卒業するし、婚約だって考えないとダメだろうし、卒業後は就職ではなくヴァールブルク公爵家を継ぐ準備に入るのかしら。


 では、私は将来どうするの?

 愛し子や聖女という役割は、純潔性は求められない。だから、結婚しても年を老いてもその役割は変化しない、愛し子である事は一生変らない。それから、例え罪を犯したとしても神聖力は失われない、そう言う意味でも役割は変らない、ただし罪は償う事になるだろうが。

 年頃の聖女には婚約者がいる場合が多い、遺伝ではないが神聖力や魔力が高い者同士が子を成せば引き継ぐ可能性があるからだ。このオルブライト家もそうだろう、代々教皇を生み出している家系であるのだから。

 と、言う事はもしもユーリを選ばなくてもいずれは私も誰かと結婚するのだろうか……

 考えれば考えるほど、いつも今が一杯一杯で将来についてなんて考えた事がなかった。



「どうかしましたか、アイリーネ様」


 考えても答えがでない事を頭の中でグルグルと考えていると、イザーク様に声を掛けられた。

 イザーク様は自分の未来について、どのように考えているのだろうか。



「自分の……未来ですか?」


 アイリーネはイザークを見上げると力強く頷いた。


「そうですね……今は考えられませんね……」


 今はと言う言葉に引っ掛かりを覚える。

「今はですか?」


「はい、今はです」


「……そうですか」


 イザークの口調は優しいが理由を聞いても教えてはくれないだろうと直感する。イザークは多くは語らない性格だ、それに本人が自ら望んで話さない事を聞き出すのは良くないだろう。



「あ、ではイザーク様の好きな食べ物は何でしょうか?」


 そう言えばパーティーのメニューを悩んでいたのだわ、とアイリーネは思い出す。

 イザークは考えてくれているようだが、思いつかないらしい。



「すみません、アイリーネ様。特に好き嫌いないものでして」

「うーん、あっ。では、こういうのはどうでしょう。想い出のある食べ物とかはないですか」

「想い出……」


 想い出の食べ物と言われてイザークがまず思い出したのは、前世でアレットが作ったクッキーだった。

 何でもそつなつこなすイメージのアレットであったが、意外にも彼女は不器用だった。しかし、努力家であった彼女は何度も繰り返し作る内に最高に美味しいクッキーを作り出すまでに至ったのだ。


 イザークは想い出に浸る内に懐かしくも恋しくも苦しくもなった。様々な感情が入り混じり複雑な表情をとった。



「イザーク様!その顔はなんですか!?」


 アイリーネの大きな声で我に返ると問われた意味が分からずに戸惑った。


「えっ?私の顔がどうかしましたか」

「今、何を考えていましたか?実はその顔をユーリもよくするのです。話している途中でもよくそんな顔をするのです」

「……そうなのですね。……私は大切な人の事を思い出してました」

「大切な人ですか?……もしかしてイザーク様の好きな人ですか?」


 イザークがそう言うとアイリーネは目を輝かした。

 アイリーネは年頃の令嬢ではあるが普通の令嬢とは違い社交を行なっていない。その為、恋の話など本の中での出来事に過ぎない。その恋の話がイザークから聞けるのではないかと期待したのだ。


 イザークにはアイリーネの置かれている立場がよく分かる。それでも、前世での出来事も回帰前の出来事も何も覚えていない目の前のアイリーネが目を輝かせた事に少々苛立った。

 懐かしむのも愛しいと想い出すのも自分ばかりで彼女は何も覚えていない。それどころか自分の事など眼中にないと言わんばかりの態度ではないか。多くを望んでいるわけではないが、それでも――


 イザークの胸の奥で何かがチリリと燃えた。



「はい、好きな人でした。もう会えませんが」


「えっ……」


 

 言ってしまった後に後悔した。

 目に涙を溜めて「辛い事を思い出させてごめんなさい」と、俯いて謝る彼女の姿に胸が傷んだ。



「いえ、私こそ申し訳ありませんでした」

「イザーク様が謝る必要はありません」

「……いえ、私が悪いのです。私は全て覚えているのですから」

「イザーク様?」

「いえ、何でもありません」


 そう言ってイザークが微笑むとアイリーネもホッした様に微笑んだ。


 

 イザークは自分自身の感情に驚いた。

 彼女に前世の記憶がなくて良かったと安堵したのも事実だが、覚えていない彼女の無邪気な行動に苛立ったのも事実である。

 彼女を求めていないといいながら、本心ではもしかしたらと考えて首を振った。


 余計な事は考えるな、今は彼女を守る事だけ考えるんだと自分自身を叱責し、拳を固く握った。


 

 アイリーネが去り一人になった応接間では暖炉の中のパチリと火が跳ねる音が聞こえるほど怖いくらいに静まり返っている、もちろんイザークの耳にはその音は届いていなかった。


 

 


 

 


 

  


 

読んでいただきありがとうございます

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