第153話 密談
「駄目だ!駄目に決まっているだろう。許可できん」
厳しい口調でそう父に言われたコーデリアは目を涙を溜めて唇を尖らせると椅子から立ち上がった。
「……分かりました。もう、いいです。お父様なんて大嫌い!」
「「コーデリア!!」」
「あら、まあ!」
ガチャンと何かが倒れた音がして、音がした方へ視線が集まると食後のティーカップを倒した父が呆然としていた。ティーカップから流れ出た紅茶はテーブルに広がりテーブルクロスに大きな茶色のシミを作り出している。
その様子を一瞬だけ振り返り見ていたコーデリアは直ぐに前を向くと食堂から走り去って行った。
「あっ、コーデリア」
「待って!コーデリア」
まだ固まってたままの父を横目にしながら、飛び出して行ったコーデリアの後を追った。部屋を出る際に背中から聞こえた随分とのんびりとした母の声に苦笑いとなる。
「まあ、ふふっ。大嫌いだなんて陛下が可哀想ね。反抗期かしらね、クリストファー?」
「母上……そう言いながら笑っているではありませんか……」
コーデリアはきっと母に似たのだろうとクリストファーは心の中でため息をついた。回帰前には存在しなかったコーデリアだが、一緒に暮らす内に今ではもう立派な家族だ。そして父は私やローレンスよりもコーデリアに甘い、とても可愛がっている。そんなコーデリアに大嫌いと言われたのだこんなにもショックを受けるのも仕方が無い。
「ち、父上。コーデリアも本心ではありませんよ?ですから……」
「そんな事は分かっておる……」
分かっていると言いながら気にしているではないか、とはクリストファーは口にする事なくため息を一つついた。
「待って!コーデリア!」
ローレンスがそう声を掛けるとコーデリアは歩みを止めた。ゆっくりコーデリアに近づくと優しく諭すように話す。
「コーデリアも分かっているのだろう?」
「うん」
小さく頷くコーデリアはどうやら父に言い過ぎたと反省しているようだ。
事の始まりはこうだ。
聖女誘拐事件が未解決なため年明けから行われる建国祭に聖女の参加は自粛するようにと通達されている。アイリーネと共に過ごそうと考えていたコーデリアはそれならば王宮にアイリーネを呼べばいいと思った。しかし、アイリーネからは家族でパーティーを開き過ごす為、王宮には行けないと断られてしまった。
それならば、自分がオルブライトの屋敷に出向こうと考えたコーデリアが父にお願いしたのだが、却下された。まあ、それはそうだろう事件は解決していないし、警備の都合もある。
それはコーデリアも理解しているのだろう、だからこそ言い過ぎたと思っているに違いない。
「でも、お父様も悪いわよ。考える素振りも見せないじゃない?」
「結局は許可できないと分かっていて、先延ばしにして期待を持たせるのも良くないだろう?」
「それはそうだけど……」
そう言いながらきまりが悪そうに目を逸らしたコーデリアの視線がある方向に釘付けとなった。どうかしたのだろうかと、コーデリアの視線の先を目で追うと人影が見える。
コーデリアは侍女や護衛をその場に待機させると相手に気取られないように、ゆっくりと歩き出した。
そんなコーデリアの後をローレンスも追う。
人目を避けるように木陰にいる人物は話し声からして二人だろうか。悟られないように少し離れた場所から相手を確認する。
「いったい……そうやって……」
「そんな……そう決まって……」
距離がある為か話の内容は分からないが、人物が誰であるかは確認できた。
一人目は王宮魔術団の象徴であるグレーのローブに薄紫の髪を束ねた、ジョエル・スカルパ。
もう一人は茶色の緩くウェーブのかかった髪と茶色の瞳。ロジエ・ミケーリ。
見覚えのある二人の密談らしき現場を目の当たりにして驚愕した。
ロジエ・ミケーリ……
コーデリアがあれだけ気に掛けるから宰相にお願いしてもう一度身辺を調べ直した。しかし、一回目と同様の結果で特に怪しい所は見られなかった。
この二人は知り合いだったのか?いつから?
「シッ!ちょっと待って……」
ロジエがジョエルとの話を中断してこちらへ向かって来る。生垣に隠れていたローレンス達の元にやって来ると二人が隠れているのに気付いたロジエは驚いたように目を見開いた後、破顔した。
「これは王女殿下に王子殿下まで……こんな所でどうされたのですか?」
「どうされたのですか?じゃないわよ!何をこそこそとしているのよ!」
「王女殿下、私達はこそこそなどしていませんよ」
ジョエルがコーデリアとロジエの間に割って入った。
「私はロジエ・ミケーリに聞いてるのよ!単刀直入に聞くわよ、ロジエあなたは私達の敵なの?味方なの?」
コーデリアにそう言われ詰め寄られたロジエは沈黙の後、微笑を見せた。
「王女殿下、私は誰の味方でも敵でもありませんよ。敢えて言うならば中立です」
「中立ですって?」
「はい、私は誰の味方にも敵にもなりません。しかしどうしてもと言われるならば、私は"オチビちゃん”の味方ですよ」
「オチビちゃんですって?何よそれ!意味が分からないわ!」
怒るコーデリアを見つめながら、ロジエは想う。
そう、本来ならば誰の肩も持たずに中立を通すべき。それが私の役目だろう。
しかし、その能力故に運命に翻弄されるあの子の味方をして何が悪い。私の願いを聞き入れてくれたあの子の為ならば、役目すら放棄しても構わない。
ロジエは伏せていた顔を上げていつもの様に明るく言った。
「さあ、両殿下。お勉強の時間ですよ」
ロジエは二人にそう言うと、自らも王宮の一室に入って行った。




