第152話 商人アーレ
「あ、私とした事がお客様にお茶もお出ししていませんでしたね。ネル、お客様にお茶をお出ししておくれ」
「いや、別に構わんが……」
アルバートがそう言ってもアーレは聞く耳を持たないのか、立ち上がると部屋の入口から廊下へ顔を覗かせた。
アーレが部屋の外に向かって声を掛けると、ネルと呼ばれた少年は返事と共にユリウス達にお茶を振る舞った。ネルはアーレと似た格好をした年齢はシリルと同じぐらいの少年である。ネルは濃い色のミルクティーに似た飲み物をティーカップで二人の前に並べた。
「どうぞ、お客様」
「ああ、すまないな」
「これは?ミルクティー」
「これはミルクティーとは少し異なりスパイスを加えた飲み物になります。美味しいですよ」
「へぇー」
うん、確かに美味しい。
甘いけれど、甘さだけではなく程よいスパイスが癖になりそうだ。
成る程、商会が繁盛しているのも分かる。
この国では珍しい飲み物を話の合間に出す事で興味を持った貴族が購入、購入した貴族がそれを広めると他の貴族もこぞって購入する。最初にサービスでお茶を出したとしても損にはならない、よく出来ているな。但し、俺達は貴婦人でもないから出す相手を間違えてないか。
そう思いながらアーレを見ると、ニッコリと笑っている。
「えっと、聖女の話でしたね。そうそう、実は聖女を誘拐している犯人に心当たりがあるのですよ」
ユリウス達は思わず飲み物を吹いてしまいそうになり、重要な内容をいとも簡単に暴露するアーレに険しい視線を向けた。
「はぁ?どう言う事だよ」
「なんだと?」
ユリウスとアルバートはソファから立ち上がる勢いだったが、ネルがそれを阻止するとアーレに代わり謝りだす。
ネルの方が立場も年齢も下に見えるが、実際は違うのだろうか。
「ごめんなさい、アーレ様はこう言う人なのです。ちょっと天然と言うか思考回路が変わっていると言うか……すみません」
「……で、心当たりと言うのはどこの誰なんだ」
ゴホンと咳払いをしたアルバートはアーレに尋ねる。
「ただ証拠を残さない奴らなので私達も治安部隊に情報提供できずに困っているのですよ。一箇所に留まる事がないのでアジトなどは不明ですが、コンラッド・テイラーと言う男です」
「何?テイラーだと」
「……テイラー」
「あれ、お知り合いでしたか」
「……いや、そういう訳では無い」
「……」
ここに来てテイラー家か、マリア・テイラーそれが回帰前のマリアの名前だった。回帰後のアルアリアにはテイラー家自体は存在していたがコンラッドと言う名には聞き覚えはない。
「なあ、アル兄様。あのテイラー家と関係あると思う?」
「何とも言えないが、偶然で片付ける訳にはいかないだろう」
「そうだよね……」
アーレに聞こえないように敢えて小声で話していたので、アーレが聞き耳を立てていても内容までは分からないのだろう。
「もしもしー、二人だけの世界に入るの止めて下さいよ。結局、お知り合いではないのですね?」
「ああ、テイラー家には覚えがあるが、コンラッドと言う名に覚えはない」
「成る程そういう事ですか」
アーレは納得したように頷いてみせた。
「それはそうと証拠がないのに、どうしてコンラッド・テイラーが首謀者だと判るんだ?」
「それはですね、聖女と駆け落ちしたと言われていた男がコンラッドの部下だったのですよ」
「それなのに、逮捕出来るだけの証拠が見つからないと言うのか……」
「………」
口を閉ざしたアーレは迷っているように見える。
もっと重要な情報でもあるのだろうか、それとも言い難い内容なのだろうか。
渋っていたアーレが遂に口を開いた。
「知り過ぎてしまうと危ない目に遭うかも知れませんので、言ってしまって良いものか迷いますが……その部下はコンラッドの顔も覚えていなかったそうです」
「顔を覚えていない?」
仮面でもつけて正体が分からないようにしていたのだろうか。それとも代理の者に任せて首謀者はその場にはいなかったとか。
「……顔は見たことがあるそうなのですが、覚えていないそうです。その部下の男の曰く、まるで魔法にでもかかったようだと言っていたみたいです。そして名前以外の何も思い出せない……」
「魔法……」
「もしそれが本当の事で公になれば、世間の皆様はどう思うでしょうか?自分の記憶が弄られているのではないかと疑心暗鬼になって大騒動になりますよね」
確かに公になれば、大騒動だろう。
それだけではなく、魔法に対してのイメージも悪くなる。
記憶を操れる魔法といえば、闇の魔力が思い浮かぶが回帰前のテイラー家には闇の魔力を使える者はいなかった。ただし、あの時のマリアのようにアーティファクトを使用しているのなら別だろうが。
「それでその逮捕された部下とやらは今どこにいるんだ?」
「会いにいくつもりですか?それはオススメできませんね……すでにこの世にはおりませんので」
「……始末されたのか」
「一応、病死とはなっているみたいですが……本当の所は分かりません」
「……」
アーレが話した内容は取り扱いを間違えれば、自分の身も危なくなる内容だ。今日、初めて会った俺達にどうしてすんなりと教えてくれたのだろうか。
そう思ってアーレを見ると目が合った。
「実は私、人を見る目はある方なのですよ」
まるで、俺の頭の中を覗いたかのような返答に思わず面を食らう。人を見る目、俺達を信用に値すると考えてくれたのか。商売人にとって信用は重要だ、それこそ金払いがいくら良くても裏切るような相手とは取り引きはしないだろう。俺達は大切な客という位置付けでいいのだろうか。
「そうそう、先程お出ししたお茶もお土産にいかがですか?若い令嬢にも好まれていますよ」
商売上手なアーレの言葉に俺は口角を上げると素直に頷いた。
「そうだな頂いて帰ろう。きっと喜んでくれるだろう」
どうやら、この商人アーレとは長い付き合いになりそうなそんな予感がする。
俺の人を見る目もある方だといいのだけれど……
そう、願わずにはいられない。




