第150話 移り行く心情
「えっ?カトリナさんが誘拐されそうになった?」
「ああ」
夜籠りの中、いつものようにシリルの部屋にはいつもの面々が集まっていた。部屋に入ってくるなりアルバートが発した"実はカトリナが誘拐されそうになった”という言葉に一同は驚いた。
「カトリナさんは聖女なの?」
「いや、違う」
「じゃあ、どうして誘拐されそうになるんだ?」
「………」
シリルとユリウスの疑問にアルバートは重い口を開いた。
「それはカトリナの髪の色が特殊な色だからだろう」
「えっ、もしかしてアル兄様カトリナさんの髪の色はもしかして……」
「ああ、アイリーネと同じピンク色だ」
「じゃあ、アイリーネと間違えられたと言う事なの?アルバート」
「おそらくは」
「………」
部屋の中がシンと静まり返り、その雰囲気は重苦しい。さすがのシリルもいつものような笑顔を封じて難しい顔をして考え込んだ。
コンコンとノックと共に部屋に入ってきたイザークは部屋の中に漂う重苦しさに内心驚いたが、表には出さずにシリルに夜食を手渡した。
「シリル様、これをどうぞ」
「……ありがとうイザーク」
「シリル、こんな時によく食べるよな」
イザークに手渡されたソーセージをさっそく頬張るシリルはユリウスの言葉にムッとする。
「こんな時だからこそだよ!この屋敷に展開している防御壁の所為で大量に神聖力を使うからいつもお腹が空くんだから。僕に八つ当たりするのは止めてよね」
「……ごめん、シリル」
素直に謝るユリウスに拍子抜けしたシリルは「ううん、僕の言い方も良くなかったから」と謝るとその場の雰囲気は和らいだ。
「そうだイザークはカトリナさんに会った事はないよね」
「はい、どなたでしょうか」
「カトリナさんはアルバートの……」
「……カトリナは元々は教団の者だ。ただカトリナは闇の魔力を持つが故に教団の実験体にされたある意味被害者でもあるがな」
「闇の魔力の実験って、あの例のペンダントみたいな物を作ってるんだろ」
「ああ、そうだ。今はそれよりもカトリナがアイリーネに間違われて誘拐されそうになった事が問題だろ」
「そうだな……」
ユリウス達は情報を整理する事にした。
まず、初めに事件が起こる前に噂を聞いたのはシリルだった。
「シリルは聖女から聞いたんだったよな」
「うん、その聖女は夫から聞いたって言ってたよ。その夫は砂漠の商人から聞いたと言っていたみたいだよ」
「砂漠の商人というと、アバラリアン商会でしょうか」
「イザーク知っているの?」
「会った事はありませんが、その名の通り砂漠の多い国、カザルカルの商人ですね」
「カザルカルか……あまり馴染みがないよな」
「ええ、ただアバラリアン商会に言えば望んでいる物は大体手に入るとは言われていますよ」
「じゃあ、聖女も手に入るとか」
「しかし、その商人が注意するように言ったのであれば、辻褄が合わないですよね」
色々な意見は出たものの、全て想像の域を越えず決定打に掛けていた。
この場で考えていても仕方がないと言う事で後日、その商人に会いに行くことになった。
「じゃあ、ユリウスとアルバートで商人に会いに行ってくれる」
「シリルはどうすんだ?」
「僕は誘拐されかかった聖女に会いに行くよ。それから教会でも地方で事件は起きていないか調査中だから報告も上がってくると思うよ」
「では、私は……」
「イザークには、リーネを頼む」
「ユリウス様……」
本当は誰よりも側にいてリーネを守れたらいいだろうけど、このまま手をこまねいて相手の出方を待つ訳にはいかない。今のままだといつまで立ってもリーネは外に出ることができないし、不安で仕方ないだろう。イザークはアルアリアで最強レベルの騎士だ。実力は騎士団長よりも上だろう、だからリーネの安全はイザークに任せる。
「イザークを信頼している。だから必ずリーネを守ってくれよ」
「はい、承知しました。この命に替えても守ります」
真剣に語るイザークに"重いから”とシリルは思ったけれど、"まあ、イザークらしいよね”と敢えて口には出さずに胸の内に秘めて終えた。
♢ ♢ ♢
白白明けと共に隠れ家に変えると既にカトリナは起きていた。
「随分と早いなカトリナ?……もしかして眠っていないなか」
目が赤いカトリナは気まずそうに頷くと、恥ずかしそうに顔を伏せた。
――そうか、カトリナは俺を待っていたのか。
カトリナと俺は家族とも仲間とも呼べる関係ではない。ましては恋人などでもない、それに近い物をカトリナが抱いているとしてもそれを指摘することも肯定することもない。
俺の人生はアイリーネの幸せの為だけに終えると決めているからその想いに応える事はない。それに、回帰前に間接的にとはいえ、闇のペンダントによりアイリーネを害したカトリナを忘れた事はない。
ただ……情と言う物は一緒にいる内に少なからず芽生えるのだろう、今のカトリナへの想いはきっとそうなのだろう。
「悪かったな、カトリナ。怖い目に合ったのに一人にしたりして」
「いえ、そんな事ありません。大丈夫です」
慌てて手と首を振るカトリナの頭をポンポンと撫でると、その動きが錆びたようにぎこちなくなるから、思わず笑みが溢れた。
「カトリナ……ほら土産だ」
「お土産ですか?」
手を差し出すように俺が言うと、カトリナは直ぐに言われた通りに手を差し出した。その手の上にもらった焼き菓子の包を乗せてらると、カトリナ不思議そうにこちらを見上げる。
「焼き菓子だそうだ。食べるだろう?」
「はい!ありがとうございます」
焼き菓子の一つでこんなにも喜ぶのなら、もっと早く買ってやれば良かったと少し胸が痛んだのも、きっと俺の中に芽生えた情の所為なのだろう……
「俺は少し休むとするか……カトリナお前も休めよ」
「はい、お休みなさい」
「ああ」
ベッドに体を預けて横たわると、直ぐに深い眠りについた。いつもより眠りが深いこんな日は、あの夢は見ないだろとホッとする。
何度見ても慣れることはない、悪夢。
アレットの最後の姿を見ることはないだろう……。
静寂な部屋の中には、アルバートの穏やかな寝息だけが聴こえていった。
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