第14話 愛し子の生まれた日
妖精は紡ぐ愛し子の人生に関わる全てを――
稲光と共に雷鳴が鳴り響き、窓を打ちつける大雨が降ってきた。王宮の別邸の一室では、ブロンドの髪に空のような青い瞳で何もない空間を見つめる人物がいた。
「1人にしてほしいの」
「ですが、出産を終えたばかりですのに!」
「大丈夫よ。お願い」
「……わかりました」
侍女長が侍女たちをまとめ退出を促す。
部屋には1人、正確には生まれたばかりの子供と2人となる。チラリとやや上を見つめ声をかける。
「初めまして、妖精さん?」
(ハジメマシテ)
「名前は主からもらうのよね?」
(ウン、ソウダヨ)
「やっぱりこの子は妖精の愛し子なのね?」
(ウン)
生まれたばかりのわが子をギュッとだきしめ、遠くない未来を思い厳しい顔をした。
「ずっとこの子の側にいてあげてね?……私には無理だから。本当はずっと一緒にいたい……だけど……」
(イッショニイル)
「――ありがとう」
唇を噛み締め身を縮めるとギュッと抱きしめた。その腕にある温もりを感じると表情を和らげ、愛おしそうに額にそっと唇をおとした。
「……この子と一緒にいれる未来もあるの。でもね、その為に大勢の人が犠牲になってしまう……未来がわかる私はその道を選ぶ事ができないから……」
空色の瞳から涙が溢れ、外の天気と同じく雨が降っている。宝石眼の妖精はジッと話を聞いていた、ピクリと耳を動かすと窓を見つめる。悲しみに暮れる暇もなく、窓がカタリと音をたて招かれざる客がやってきたようだ。2人は真っ黒なフードで顔を隠し、絨毯を裾から流れる雨水で汚していく。
『祈りを捧げます。私達を守ってお願い!』
祈りと共に体を包み込むようにシールドが展開されると隙間なく広がりシールドに守られる。
「チッ、面倒な!」
「魔法で、シールドを壊すぞ」
そう言った2人組の男性はシールドを破壊しようと火に風と魔法を駆使しながら攻撃を何度も仕掛けてくる。今は大丈夫なシールドも出産後の体ではそう長い時間は保つのは無理だと思われる。攻撃に耐え続けた十数分後にはパリンと音がなるとシールドに、ヒビが入り限界に近づいていた。
――アベルがくるまでもう少し、もう少しだけ
「壊れるぞ!」
そう言った瞬間にシールドが破壊された。慌てて最後の力を使い、わが子へとシールドを張りなおす。男達は魔力を使うのを止めると長剣に手をかけた。剣を振り上げると雷が落ちる瞬間と重なり刃の先が光った。自らの最後を覚悟し目を硬く閉ざし身構えた。
「エリンシア!!」叫び声と共に扉が勢いよく開けられた。
叫び声に目を開けると父である国王の背中が見え、エリンシアを庇うように剣を阻んだ。父の背部からゆっくりと刃が現れ、剣で貫かれたのだと察する。
「お父様、どうして!」
「決まっている……お前は……大……切な……む……すめ…」
言い終わると王は自らに刺さる剣を力を込めて抜いた。刺された部位から血が勢いよく溢れても構わずに剣を片手に男達に向かっていく。剣を大きく振りかざし自身を刺した男にお返しばかり斬りつけた。剣は男の首に接触し出血をしながら倒れていった。
「くそっ!!」もう片方の男が王の左胸を目掛け刃を突き刺す。体を貫いた剣は左の背部を貫き剣身の先より血がポタポタを落ちていく。
エリンシアの目の前で父が膝から崩れ落ちそのまま床に伏せると動かなくなった。思い出の中の父は玉座に座り威厳のある姿であり、床に伏せる父を見ていられず思わず目を伏せた。
男は続けてエリンシアに刃を向け迫りくる。エリンシアは子供を守るようにシールドを張ったまま身を屈めた。背中に激痛が走り背部が切られ血が流れるのがわかる。激痛に耐えるも身動き一つできずに蹲る。
「エリンシア様!!」
――アベル?来てくれたの?
エリンシアは顔を挙げることも出来ずに、ただ呼吸を荒げて身を屈めていた。刃が交わる金属音が響き渡り終わりを告げるのをただひたすらに待つ。長い時間に感じるが正確にはわからない。
「グフッ」男の声が聞こえた後は音が途絶えた。
「姫様!」
アベルによって体を仰向けに抱き寄せられエリンシアはアベルの顔を見つめた。悲痛な面持ちのアベルは聖女を呼ぶと告げるがエリンシアは首を軽く横に振る。
「大丈夫です、必ず助けます。だから……」
エリンシアは弱々しく再度、首を横に振った。覚悟は決めていた、だからいいのとばかりに弱々しく笑う。王宮騎士団をまとめるアベルはエリンシアの護衛にあたること多かった。聖女のエリンシアは標的にされる危険もあり、アベルの腕を買った国王直々の頼みであった。子供の頃から見守っていたエリンシアが今まさに命を終えようとしている。
「――姫様。エリンシア様。申し訳ありません、貴女を護りきれず――」
痛ましいとばかりに謝罪を繰り返すアベルに荒い呼吸を繰り返すエリンシアは最後のお願いがあると伝える。
「机の引き出しに……手紙……お兄様に……」
「王太子殿下にですね?」
「……この子…を……頼むと」
わかったと頷くと子供の頃と変わらぬ笑顔を見せたエリンシアは「アベルは私の初恋だったのよ」と言い残すと静かに息をひきとった。
「騎士団長!!」
群衆の足音が聞こえ、王宮騎士団が到着した。アベルはシールドが解けた赤子を抱き「後は頼んだ」と王太子の元へ慌ただしく向かう。
執務室に待機していた王太子は事の顛末を聞き「そうか」と静かに呟いた。
「父の最後は国王としては褒められたものじゃない。だがすでに病で隠居同然だった。自力で起きることも出来なかったはずなのに、目の前で走り出した時は驚いたよ」
「はい、すでに一人返り討ちにしていました」
「そうか……」
染み染みとしながら王太子は手元にある手紙を広げアベルに告げた。
「この子はアイリーネという名らしい。アイリーン姉上から一部頂いたと書いてある。王族ではなく預けてほしいか……」
「……」
「すぐに手配してくれ、アベル。」
「はい」
「それから、聖騎士をこの子が大きくなった時につけてほしいと書いてある」
「――イザークはどうでしょう?」
「そうだな……いいだろう。実際にはしばらく後だろうしな?」
「はい」
アイリーネはこうして生まれた日の翌日にユリウスに出会うことになるが、心配した両親によりユリウスは記憶を書き換えられていく。
宝石眼の妖精はアイリーネの側で一連の過程をジッと見つめていた。
(ニンゲン、ヨクワカラナイ)
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