第148話 父への報告
久しぶりに帰る屋敷は懐かしくもあるが、今ではもう自分の家だと思えない。ただ、こんなにも大きく底冷えしそうだと感じていただろうか。回帰する前も回帰後もこの家で過ごした記憶の中にはリーネが当たり前のようにいて、今はいない。ただそれだけの違いなのにと、原因を分析している自分に苦笑いした。そんな記憶の中に存在しているヴァールブルク公爵家にようやく馬車は辿り着いた。
「お帰りなさいませ、ユリウス様」
「……変わらないね、マーカス」
執事のマーカスの中では俺は今もこの家の嫡男で父の跡を継ぐものであり、ヴァールブルク家の者という認識だろう。俺としてはこの家を出る日に全て放棄する想いで、学園の寮に入ったのだけど。
マーカスが開けた扉から玄関ホールに入ると廊下の奥からこちらに向かい駆け寄る人物が見える。自分の目に入った人物に驚きを隠せない。この人はマリアに対しては甘く、リーネに対しての態度に問題はあれど自らのマナーには厳しく決して廊下を走るような人ではない。これではとても公爵夫人とは思えないではないか。
「ユリウス!帰ってきてくれたのですね」
「……どうされたのですか、母上。母上が廊下を走るなんて」
ユリウスに指摘され、公爵夫人カロリーネは恥ずかしそうに頬を染めた。
「あなたが帰って来てくれたのが嬉しくて。ユリウス、あなたがこの家を出て、ヴァールブルクの名を捨てるなんて嘘なのでしょう?」
「………」
「ユリウス……嘘なのよね!?」
「……本当ですよ母上」
「そんな!!」
まるでこの世の終わりのような顔をする母に前にしても、それでもこの家を出るという選択肢は変わらない。
回帰した事もマリアの事も何も知らない母には悪い事をしているという自覚はある、それでもどうしてもマリアを妹として受け入れる事は出来ない。
「……あの子さえいなければ、あなたは家を出ることもなかったのでしょう、ユリウス」
「それを言うならば、マリアがいなければですよ、母上。そうすればこの家を出る事はなかったでしょうから」
「……どうしてそこまでマリアを嫌うのか分からないわ。ねぇ、どうしてなのユリウス」
ユリウスに詰め寄ったカロリーネは、ユリウスの両腕を掴み揺さぶった。
母に掴まれた腕に痛みを感じながら、母の手を自分の腕から除く。
「母上、あなたには理解できませんよ。俺達の溝は歩みよるには深いそして遅すぎる。だから離れていた方がお互いの為なのですよ」
ユリウスの言葉を聞き、顔を手で覆うと泣き出してしまった母をマーカスに預け父である公爵の元に向かう。
「父上、ご無沙汰しております」
扉を開けると執務室の椅子に父が座っている。
父の姿は回帰前の姿に比べると、今の方が老けている様に見える。それは、自分と母の埋める事の出来ない溝に苦しんでいるためだろうかと少しだけ罪悪感を覚える。
「よく来たな!ユリウス。さあ、座りなさい」
「はい」
父に進められ執務室にあるソファに座ると、侍女により飲み物を運ばれてきた。
「それで、今日はどうしたのだユリウス」
カップに口をつけながら、おおよその検討はつけているだろう父は問うて来た。
「来年には卒業をします、就職はまだ決めかねてますが、王宮魔術団ではなく違う道を選ぼうと思っています」
「あんなにも熱心に魔術を学んでいたのにかい?」
「リーネを守る為に学んだだけですから」
魔術を学ぶのは楽しかったし、嫌いではない。では、リーネと離れて地方に行かなくてはならない王宮魔術団に入りたいかと聞かれたら答えは"いいや”だ。
「そうなんだな、わかった。それはそうと卒業パーティーはどうするんだい」
「パートナーはリーネにお願いしようと思ってます。まだ、リーネ自身には許可をもらってませんが、リオンヌ様の許可は取りました」
「そうか……」
卒業パーティーのパートナーにリーネを選ぶ、これだけ言えば父にはこの意味が理解できるだろう。
パーティーの際に婚約を発表しようとしていると準備しているとユリウスの意思は通じるはずた。
そして、その時にはヴァールブルクから籍を抜きたいと、父ならきっと分かってくれる。
「ユリウス、後継者の事だけはもう少し待ってくれないか」
「……何かあったのですか」
「マリアもロジエ先生に教わりだしてから頑張ってはいれのだが、まだ合格点には達していない。もう少しだけ待ってくれないか」
マリアは思いの外頑張っているとロジエ先生からも聞いている。マリアが努力を見せるのならば、マリアの事を信じ父が認めるのを待とう。それぐらいは、後継者を退く自分のワガママでもあるのだから、とユリウスは頷いた。
「分かりました」
「アイリーネの返事もちゃんと教えておくれよ?まあ、あの子が断ることはないと私は思うがね」
そう言ってハハと笑う父に俺は半目になると、黙って頷いた。
そんな風に言って断られたら、どうするのですか。
リーネにだって断る権利だってあるのですから、と考え込めば段々と不安になって来た。
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