第145話 将来に向けて
月日は流れてあと数ヶ月でユリウスは学園を卒業しようとしていた。卒業にあたり領地に帰る者や家業を継ぐ者、そして回帰前のユリウスのように王宮関連へ就職する者もいる。
「ユリウスは王宮魔術団へ入るのだろう?」
いつもの様にユリウスの学園の寮の部屋でクリストファーとの雑談中、ふと問われた。
「……いや、入らないよ」
「えっ?どうして、回帰前のユリウスは王宮魔術団のエースで忙しくしていたじゃないか。やり甲斐があるって言っていただろう」
そんな時もあったな、と回帰前を懐かしく思う。
あの頃の俺はリーネから距離を置こうと必死だった。実の兄妹だと信じていたから自分の想いをただ胸の奥に封じ込めたまま、魔獣をひたすら狩っていた。
「だからだよ、魔獣の討伐には地方に行かなくてはならない。今はあの時とは違う、リーネの側を離れてまで魔獣を狩りたいわけではないからな」
「そっか、そうだよね。魔術師達はガッカリするだろうけど、そういう理由なら仕方ないよね」
しかし、そうなるとヴァールブルク公爵という立場も捨て、王宮魔術団にも就職しないとなると就職活動をしなくてはならないか……
クリスはどうするのだろう、今の所は王太子という立場だがクリス自身はローレンスに譲りたいと前は言っていたが。
「なあ、クリス。お前はどうするんだ?今のまま王太子として将来陛下の跡を継ぐのか」
その様な質問が自分に返ってくるとは思わなかったクリストファーは驚きを隠せない。そのような不躾な質問はユリウス以外ではあり得ないだろうと、それもまたユリウスの魅力なのだろうと口元を緩めた。
「今でも光の魔力を持つローレンスは王位に相応しいと思うよ。だけど陛下の仕事を間近に見ていて思う事もある。自分ならどう判断してどう動くかなどとね……自分が王位に就く可能性も考えてしまう。それに光の魔力は両刃の剣だ、悪だと妖精達が判断したならその魔力は失われるだろうしね」
「そうか……あっ、側近!」
「何?ユリウスどうかしたの」
そうだ、就職先あったじゃないか。
陛下にとってアベルの様な存在、クリスが王位に就くなら俺がクリスの側近になろう。
「クリスが王になるなら俺を側近にしてくれないか」
「側近?ユリウスがかい」
「俺ほどクリスと親しい者がいるのか?自分で言うのもなんだが、魔法の腕だって一流だぞ」
「自分で言うの?そうだね、王になるならその辺りも考えなくてはいけないな。でも側近って忙しいからアイリーネと過ごす時間は確実に減るよね」
「………それは困る」
ユリウスがそう言っと部屋の中は笑いに包まれた。
♢ ♢ ♢
オルブライトの屋敷では住人のように寛いでいるユリウスがいる。ある休日の午後、ユリウスはアイリーネ達とティータイムを過ごしていた。
ちなみにシリルは不在であった為、話を振るのはユリウスが多い。
「建国祭ですか?」
「今度の建国祭はやるそうだよ」
「……そうですか」
ユリウスの言葉に建国祭かとアイリーネはおもむろに考える。
このアルアリア王国は大陸で最初に出来たとされる由緒ある国だ。悪しき者を退けて、新しい年を迎えた時にこの国が出来たとされている。当時、悪しき者を退けたのが初代国王で妖精より祝福を受けていたとされている。その為、年が明けると建国祭が始まるのだ。
「今年の初めはまだ厳戒態勢でしたからね」
ユリウスの言葉にリオンヌが付け加えた。
そう、大聖堂でのバザーの事件から厳戒態勢が続き、春の園遊会も秋の収穫祭も中止となった。いつまで続くか分からない厳戒態勢に国民の不安は不満に変わっているように感じていた。だからこそ、建国祭は予定通りに行うことにしたのだろう。
しかし、不安だ。人が集まればまた同じ様な事があるかも知れない、そう思うと手放しで喜ぶ訳にもいかない。
「リーネは心配そうだね」
「……はい。不安です」
「……そっか」
本来ならアイリーネを祭りに誘おうと考えていたユリウスだが、この場で誘う事を止めた。
時間はまだあるから、ゆっくり話をして見よう。
それよりも、先にリオンヌ様だ。
「リオンヌ様、お話があるのですが」
「……はい、分かりました。では向こうで聞きましょう」
ユリウスの話の内容に気づいているのか、リオンヌは先に席を立つと応接間に案内した。
部屋を移しリオンヌと改めて二人きりで向き合うと、緊張感に襲われる。リオンヌも同様に緊張しているのか静まり返っていた。
「それで……話というのは……」
「はい、リーネ。いや、アイリーネ嬢の事です。卒業パーティーのパートナーにアイリーネ嬢をお誘いしたいと思っています」
「卒業パーティーのパートナー……」
ユリウスの通う学園には卒業パーティーが行われる。その際にパートナーとして許されているのは、学園外部の者を誘う場合は家族か婚約者だ。ユリウスで言うと婚約者はいないため、マリアとなる。
その場にアイリーネを招待すると言う事は、婚約者であると披露するのと同様だった。
「………」
「………」
沈黙が苦痛だ、リオンヌはあれから言葉を発する事なく沈黙が続いている。アッサリと許可されると思っていたわけではないが、拒否されるのならば今のような距離をアイリーネと保てていないだろうと、ユリウスは考えていた。
そして沈黙を破ったのは、リオンヌだった。
「分かりました、良いでしょう」
小さくため息をついたリオンヌは但し、と付け加えた。
「但し、アイリーネを誘う際はきちんとその意味も明かして、許可を取った上でお願いしますよ」
「それはもちろんです!ありがとうございます、リオンヌ様。いえ、お義父様」
「………まだ、早いです」
そう言ったリオンヌの声はいつもよりも低く、目は笑っていなかった。
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