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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第144話 睡魔に誘われて



 ユーリに強く抱きしめられた腕の中で、心地よさを感じながらも私は考える。ユーリは時々切ないような眼差しで私を見る。どこにも行かないで欲しいと縋るような眼差しで私を見る。ユーリから離れた事なんてないはずなのに、どうしてなの?


「………そろそろ帰ろうか、リーネ」

「……はい」


 私を腕の檻から開放したユーリは、いつもの笑顔のユーリに戻っていた。ユーリがいつもの様に手を差し出したので、いつもよりも強くその手を掴むと少し驚いた顔をしたユーリは直ぐに破顔した。


 特に会話はしなくても手を繋いで歩いているだけで、足取りが軽い。王家の森に入った時はあんなにも嫌な気分だったのに、ユーリの言ってくれた"愛し子ではなくても“という言葉が嬉しかったのだ。愛し子だと期待されるから、その期待に応えなくてはダメだと思った。私が愛し子だからみんな側にいるのだと思っていた。そうではないと、アイリーネのままで存在していていいのだと言われた様で嬉しかった。


 気分が違うと周りの景色まで違う。

 王家の森に入った時に感じた好感触は今も変わらない、ただ今では葉の間から覗く木洩れ陽は光を帯びて見え、新緑は一層色鮮やかに見える。



――こんなにも綺麗な森だったんだ。


 

 ユーリに会わなければ、今のような景色は見れなかったかも知れないわね。



「ユーリ、いつもありがとう」


 突然言った私にユーリは呆気に取られたような顔をしたので、そんな顔をするユーリは珍しいから今度は私が呆気に取られる。



「……俺の真似したな?」


 ユーリの発言に思わず笑ってしまった。



♢  ♢  ♢



「お父様、心配掛けてごめんなさい」

「いえ、私も悪いのです。アイリーネに秘密にしていれば事実を知った時にショックを受けるのは、少し考えれば分かる事なのに。……無事で良かった」


 そう言いながらお父様に抱きしめらると、後悔して涙が溢れてきた。泣くだけ泣いて、ふと上を見るとお父様の目にも光る物があった。

 ようやく涙が乾いた時、それまで誰も言葉を発することなく見守ってくれたのに気づくとなんだかこそばゆい。


「さあ、お祖父様にご挨拶しましょう」

「はい」



 お祖父様のお墓の前でまずは感謝を述べた。

 お祖父様のおかげで私は元気だと、ありがとうと。

 それから、お祖父様と過ごした日々は決して長い時間ではなかったけれど掛け替えのない物だったと。

 ユーリが言ったように私が愛し子ではなくてもお祖父様はきっと同じ行動を取ったのですよね。

 そうだ、お祖母様には会えましたか、仲良くしていますか。

 そして、どうか安らかに……見守っていて下さい、と心の中で思いつくままに沢山話しかけた。


 風がサワサワと私の髪を撫でるから、まるでお祖父様が返事しているみたいだな、と口元を緩めた。



「では、帰りましょうか」

「はい」



 家に戻るには歩くには少し距離があり、まだ厳戒態勢の王都は危険だと皆が言うため馬車を待つ事になった。馬車は近くで待機している為、イザーク様が呼びに言って下さった。

 馬車を待っている間に声を掛けられた。




「リオンヌ様、アイリーネ様」

「カミーユ、待ちなさい!」



 振り向くと、駆け寄ってくる少年と後を追い掛けて来たエルネストの姿に体が強張るのが分かる。

 カミーユ、この少年はお祖父様を刺した少年だ。

 私の目の前で倒れるお祖父様の姿が蘇ってきて気が動転する。



「あの事件の後、ご挨拶も出来ずに申し訳ありませんでした」

「いえ、お気遣いなく……」

「カミーユ、ご家族で参られているのに邪魔をしてはいけないよ」


 エルネストに窘められているカミーユに事件の影は見えない。


 確かにお祖父様を手に掛けたのに、何もなかったかの様に話すのが不愉快だ。どうして何もなかったかのように振る舞えるの、お祖父様を返してよと大きな声で叫んでしまいそう。





「聖人見習いの子達に出会うかも知れませんが、記憶を封じているので問い質したりしては駄目ですよ」

 




 お父様は、そう言っていた。


 この子が悪い訳ではない、それは分かっている。

 だけど、目の前で笑い掛けられると複雑な気分になる。

 カミーユに罪がないと頭では分かっていても、納得がいかない。


 

 私は唇をただ噛みしめて俯くしか出来なかった。


♢  ♢  ♢


 家に戻って来てからも食欲もなく、気分が晴れない。夕食もほとんど手を付けずに、自分の部屋に籠もった。



 窓から見える丸い月が空の一番高い場所に見える。

 私の頭は妙に冴えて中々眠れそうにない。

 今日一日を振り返り思い出すと、より一層眠れる気がしない。ベッドに体を預けても、目は一向に閉じる様子はなさそうだ。


 コンコンと扉をノックする音が聞こえたので、誰だろうか、とそっと扉を開けた。



「起きてると思ったよ」

「……ユーリ」

「一緒に飲もうと思って、用意してもらったんだ」


 ユーリの手にはトレイに載せられたカップがある。カップの中身は白く湯気が立っていた。



「ホットミルクだよ」

「……ありがとうございます」



 ユーリは私を座らせるとカップを手に握らせた。

 特に喉が乾いていた訳ではないけれど、ゆっくりと口にするとお腹に染み渡っていくようだ。



「美味しいです」

「うん、蜂蜜が入っているよ」

「……そうですか」



 特別な会話などない、それでもユーリの優しさが私の曇った心を少しだけ照らしていくようだ。

 ホットミルクを飲み干して、体も温まるとベッドに入るように促された。そうして、目を閉じてユーリに頭を撫でられると、私の所にも睡魔がやって来たようだ。睡魔に誘われて深い眠りにつく前に、翌朝記憶には残っていなかったれど私は胸の内を明かした。




「私ね……あの子を許せるか……分からない」

「……そう」

「ユーリは……大切な人を亡くした事なんてないでしょう」

「………」


 無意識の内に紡いだ言葉は、ユーリの古傷を抉る行為だと私は気づかない。目を閉じていたから、ユーリがどのような表情だったのかも分からない。

 そうして、睡魔に負けた私は深い眠りについた。




「リーネ……寝た?」


 

 返事がないアイリーネにユリウスはホッとした。

  


「大切な人を亡くした事はあるよ、リーネはきっと覚えいないだろうけど、一番大切な人を亡くしたんだ」


 そう言ったユリウスは困ったように眉を下げていたが穏やかな寝息を立てて眠るアイリーネを見ると目を細めた。



読んで頂きありがとうございました

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