第143話 王家の森
王家の森、その森はその名の通り王家の管轄である。ジャル・ノールド教会から王城に広がる森の事を指している。森全体に掛けられた防御魔法は魔獣も悪しき者も通さない事で有名だ。
王家の森に入ると木々の間から柔らかな光と爽やかな風が吹き、まるで私を歓迎してくれているようだった。獣道よりは手入れがされた道が奥まで続き、整備されているのが分かる。
「気のせいかしら、空気が違う気がする」
息を吸ったり吐いたりを繰り返すと、体の中から神聖力が溢れてくるような、そんな感覚に満たされた。
それから、以前にここに来た事がある、そんな既視感に包まれる。
おかしいな、王家の森の奥まで入った事なんてないはずなのに、そう疑問に思いながら更に奥を目指した。
距離にして王城と教会の真ん中ぐらいだろうか、広くなった空感に倒れた枯木がある。休憩するにはちょうどいいサイズで、アイリーネは腰を掛けて休む事にした。
勝手に飛び出して来てしまったけど、お父様達はどうしているだろう。私の事を探しているたろうか、呆れているだろうか、それとも怒っているだろうか。そんな想いが頭の中をグルグルと回っている。
考えれば考える程、私は自分のとった行動に嫌気がさしていった。お父様だってお祖父様が亡くなって悲しんでいるのに、自分の事しか考えられなかった。秘密にされていた事実に耐えられなくて逃げてしまった。
ハァとため息ばかりが続いている。
そんな私の目の前に、ぼんやりと光る球体が急に現れた。
「何?光っている……」
光はあっと言う間に数が増え、私の周りを取り囲む。よく目を凝らして見てみると、光の中には小さな羽根の付いた人の形をした妖精がいた。
「妖精?本当に妖精なの?」
建国時には王宮の花壇や街中の花畑でも妖精は住んでいたと文献には書かれているが、今ではここ王家の森にしか存在しないと伝えられている。
実際、私も妖精という存在を見るのは初めてだけど、私の周りを必死に飛ぶ姿は愛らしい。
見ているだけでまるで慰めてくれているような気分になってくるから、不思議だ。
――それに何だろう……また、この感覚だ。
何処かで同じ体験をしたような気がする。
妖精を見るのは初めてでそんな筈はないのだけれど、懐かしくて切ない。
誰かと一緒に笑ってそして泣いた、そんな事はなかったはずなのに……
妖精が私の頬に手を伸ばして来て少し驚いたのだけど、その行動でいつの間にか自分が涙を流していたのだと気づいた。
妖精達は慰めるかの様に、小さな体を寄せて来た。
妖精達の優しさが伝わってくる。
「慰めてくれているのね、ありがとう妖精さん」
♢ ♢ ♢
「俺が行きます、リーネを連れて戻りますから」
そうリオンヌ様に告げると、王家の森へ入って行ったリーネの後を追う。
もし、俺が言わなければイザークお前が行っていただろう?実際に回帰前に王家の森で迷子になっていたリーネを探し出したのはイザークだ。だけど、今回は俺の役目だ。
神聖力が森の中に満ちている、なる程これは魔獣は入ってこれないだろう。魔獣は闇属性の物がほとんどだ、この神聖力の濃度からすれば生存出来ないだろう。
妖精の瞳を使用した際の映像で見たイザークの行動をまるでなぞっているような感覚に陥る。安全だとわかっているこの森で、それでも無事でいるようにと願ってしまう。歩く速度をどれだけ速めても、もっと速くと気持ちがはやる。
そんな落ち着かない気分のまま歩いていると、無数の光が目に入ってきた。
――これは!妖精か!?
光の方へ駆け出すと、枯木に座るリーネとリーネの周りに集う光を見つけた。
「良かった、リーネ」
「……ユーリ、ごめんなさい」
「いや、リーネが言いたい事もわかるよ」
「……いえ、私が悪いんです。お父様から体を大事にするようにと言われても大事にしないから」
「……そっか……」
安堵するユリウスに気付いたアイリーネは目を伏せた。自分を探しに来てくれて嬉しいのと同時に申し訳ないと思ったからだ。
目を伏せて俯いていたアイリーネは、次の瞬間ユリウスに目線を合わせると自分の想いを伝えよと訴えた。
「でもユーリ、お祖父様は私が愛し子だったから代わりに亡くなってしまったんですよ?私が弱かったから、もっと強くなれば――」
「それは違うよ、リーネ。リベルト様はリーネが愛し子じゃなかったとしても庇ってくれたよ、リーネの事が大切だから」
「でも……」
再び目を伏せたアイリーネの元に沢山の光が集まって来た。アイリーネの周りを飛び回るとまるで慰めているようで、アイリーネはその光景を見ると微笑んだ。
俺の目には光の球にしか見えないが、これは妖精に間違いないだろう。
妖精達の光に微笑むリーネは幻想的で見惚れてしまう程綺麗だけれど、妖精と共にこのまま消えてしまいそうで、思わずリーネの腕を掴み引き寄せると抱きしめた。
「リーネ。リーネはちゃんと愛し子として頑張っていると思うよ、逆にあんまり無理をしないで欲しいぐらいだ。それにね、俺だってリーネが愛し子だから側にいるんじゃない、愛し子だから守りたいんじゃないよ。リーネの事が大切だから、……愛しているから」
突然、抱きしめられて驚いているリーネに気づかないふりをして、もっと強く抱きしめた。リーネがこの腕の中から逃げられないように。
アレット姉様の時のように妖精にリーネを奪わせたりしない。
決して、誰にも渡したりしない、手放したりしない、
だから、リーネ。どうか俺を選んで。
飛び回る妖精達を自分の目に映らないように、静かに目を閉じ、リーネの温もりに安心する自分がいた。
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