第142話 ホワイトリリー
「晴れていて良かったです」
「……ええ」
お祖父様に会うために馬車に乗って移動中。
今日は天気も良くてよかったと思うのだけど、お父様は曇った表情だ。私が目覚めてからのお父様はずっとこのような表情で今までとは違う。
目的地は分からないが、ジャル・ノールド教会の手前で馬車を降りることになった。
「ここからは少し歩きましょう。そう遠くはないですから」
「わかりました」
私が返事をするとイザーク様も頷き、馬車が止められると外に出る。
いつも教会に行く際に馬車でしか通った事がない通りだけど、色々なお店が並んでいる。パン屋に食堂、マルシェもあり食材が販売されているようだ。
貴族の好むようなドレスや宝石を販売している店はないが、この周辺に住んでいる人達の生活するのに必要な店が多い印象だ。
お父様は一つの店に近づくとそのまま店の中に入って行った。その店は多数の切り花が売られており、お花屋さんであった。
お祖父様にお見舞いの花を用意するのかな、と思っていたけれどお父様は迷う事なくホワイトリリーを選ぶと包装してもらう。
「お父様、お見舞いにホワイトリリーはむかないのではないですか」
ホワイトリリーは花の香りも強く花粉も多い、そのためお見舞いにはむかないのではないかと思い、尋ねてみた。
「……この花は、母が……アイリーネにとってはお祖母様が好きな花だったのですよ。たがら父も喜ぶはずです」
そう言ったお父様は少し寂しそうな顔で微笑んだ。
それから再び歩きだすとジャル・ノールド教会の二つの塔が見えて来る。やっぱり、お祖父様は教会で治療を受けていたのだと確信した。
教会の奥には治療院があり聖女や聖人などの治癒の能力を持つ者が治療にあたる。ある程度まで回復すれば後は医師や薬草の出番である。全てを治癒に頼るのは自己の持つ回復力が阻害されるため危険だとされている。
「あっ、来た。リーネ!」
「あれ?ユーリ」
手を振っていたユーリは私と目が合うとシルバーの髪を揺らしながらこちらに走って来た。
そんなに慌ててどうしたのだろう、何かあったのだろうか。忙しいはずのユーリがこんな所までくるなんて。
「会いたかった、元気そうで良かった。直接顔が見れて良かったよ」
「は、はい……それでここには何か用事でもあったのですか」
「いや、特にないよ。強いて言うならリーネに会いに来た、かな?」
私に会いに来た、と言ったユーリはとても嬉しそうな顔で笑っている。私に会うだけでユーリは嬉しいのかしら、でもそうね私もユーリに会えて嬉しい。
「会いに来てくれて嬉しいです」
「本当?良かった」
「では……行きましょうか」
ユーリと話を終えるタイミングを図っていたように、そう言うと歩き出したお父様の後に続く。
ジャル・ノールド教会には入らずに裏手に回ると墓地が見えて来た。この墓地にはお祖母様のお墓がある。先にお祖母様のお墓に参るのかしらとそう思って不意に見た先には、お祖母様の墓の隣に見知らぬ墓があった。
まさか!
私は慌てて走出し、お祖母様のお墓に駆け寄るとまだ真新しい墓にはお祖父様の名が刻まれていた。
一瞬にして嫌な汗が出て来て、自分でも分かるほど手が震えていて自分の意思では止められない。
お祖父様の笑顔が浮かんで来るのに、かき消されるように私を庇って刺されてしまったお祖父様が鮮明になる。
暫くの間、思考が停止していたかと思うと今度は全力で目の前の事実を否定しようと私は言葉を探している。
いやだ、こんなの信じない。
私はもしかしたら悪い夢を見ているのではないだろうか。だって、お祖父様が死ぬはずないもの、凄く強いし体だって丈夫だし、何よりあの時大丈夫だってそう言っていたのに!
「お父様……嘘ですよね……私をびっくりさせようとしても……ダメですよ」
震える声で絞り出すように出てきた言葉だった。
そうだよと言って欲しくて、一縷の望みを賭けた。
ホワイトリリーの甘い香りが鼻孔をくすぐり、夢ではないとわかっていても、それでもと。
「……残念ながら本当です」
アイリーネはリオンヌに詰め寄ると激しく抗議した。
「どうしてすぐに教えてくれなかったのですか!知っていたらすぐにでも――」
「だからですよ、アイリーネは休まなければいけなかったので、敢えて言いませんでした」
お父様が私の事を考えての行動だとわかっている。
それでも教えて欲しかった、知らなかったから目覚めてから今日まで普通に生活してしまった、その現実に罪悪感を覚える。
お父様に対して怒る事も出来ない、いつも無理すると言われている私が悪いから。
どうしていいのか分からない。
この気持ちを何と呼んでいいのか、どう向き合えばいいのか分からない。
「あっ、リーネ!」
気がつくと私はその場を走り出していた。
どうしたらいいのか分からないから、ただここから逃げ出したかった。
行く宛なんて何処にもない。
何処に行けばいいのか、分からない。
誘われるように私はフラフラと王家の森に入り込んで行った。
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