第141話 空より来たるは
私はどうやら四日間も眠っていたらしい。
いつもなら、ユーリやシリルが近くにいるのだけど、忙しいようだとイザーク様からそう聞かされた。
大聖堂での出来事は大事件となり、今なお元通りにはなっていないそうだ。だからシリルは教会の後処理に忙しい。ユーリも王宮で事件の真相究明するためにジョエル様の助手として働いているそうだ。
私の代わりに刺されたお祖父様が気がかりで会いたいとお父様に直訴しても「元気になったら会いに行こう」と言われ会えていない。
屋敷の中にはいないから、きっと治療中なのだろうと、この時の私はそう思っていた。
事件はまだ全てが明らかになっておらず、犯人も目的もわからない。犯行声明もなく王都は物々しい警戒体制となっている。私が住む屋敷の前にも王宮から派遣された騎士が門の前で警備してくれているのが、部屋の窓から見える。
「明日、父上に会いに行きましょう」
夕食の際にお父様が急にそう言い出して、やっとお祖父様に会えるので、私はホッとした。
お父様は大聖堂での出来事を私には教えてくれない、全部他の人から聞き出した内容だ。
だけど、目が覚めてから初めて見たお父様は窶れて目の下に隈があり、詳しく問いただす事は出来なかった。
「それから、聖人見習いの子達に出会うかも知れませんが、記憶を封じているので問い質したりしては駄目ですよ」
「記憶を書き換えたのですか?」
「……そうしなければ、あの子達は耐えられないでしょう。それぐらい大きな事件でしたからね。……犠牲になった人もいます。教会の子達だけではなく、孤児院の子や外にいた人もジョエル様によって処置をされて記憶がない状態なので、そのつもりで接するのですよ」
「わかりました」
重苦しい雰囲気の中で食欲はないけれど、それでもなんとか口に運んで早めに就寝する事にした。
♢ ♢ ♢
「えっ!?リベルト様の事をまだアイリーネに話してないの」
「明日、連れていって説明します」
「明日は僕、一緒にはいけないけど。ユリウスだってまだ王宮でしょう」
「仕方ありません、遅すぎるのも良くないでしょうしね。それに……父もあの子に会いたいでしょう」
「それは、そうなんだけど」
「いつまでも誰かに支えてもらうわけにもいかないですしね」
「それも、そうなんだけど」
遅い夕食ではあるが、シリルはカットした肉を次々と口に放り込む。
リオンヌ様はきっとアイリーネの体調が戻るまでは内緒にしたかったのだよね、だけどアイリーネはどう思うだろうかな。きっと、自分を庇ったせいだと自分自身を責めるんだろうな。
僕達はアイリーネの二度目の人生を幸せになってほしい。出来る事なら辛い事や嫌な事から遠ざけてあげたいけど、そうもいかないみたい。だったらアイリーネが辛い時には側にいてあげたいんだけど……
明日、一緒にいるのはイザークだけか。
イザークはいつもは口数が少ないけれど、アイリーネの事となるとそうでもないから、任せても大丈夫だろう。
「イザークもついて行くんでしょ?」
「はい、そのつもりです」
「僕もついていけたらいいんだけど……イザーク、任せたよ」
「はい、肝に銘じます」
「……イザークは相変わらずだね」
イザークは真剣な眼差しでシリルを見つめ返す。 まるで戦場に行く兵士のようで、命に掛けてとでも言いかねない眼差しだ。
シリルは苦笑いとなり、食後のフルーツを口に放り込んだ。
♢ ♢ ♢
全然終わる気配がない。相手の正体が少しでも分かればとジョエルの助手をしているものの、このままではリーネの顔も見に行けない。
リーネ不足だ、早く会いに行きたい。元気にしているだろうか、体調は全快しただろうか、考え出したらきりがない。
外の空気でも吸いにいこう、気分を変えないと仕事も進まない。
ジョエルは文献に埋もれて仕事中だ、音を立てずに静かに出ていなければ……
ユリウスは足音を忍ばせながら入口の扉へ向かう。ジョエルの視線にも入らないように最善を尽くす。
「………ついでに、コーヒーを持ってくるように頼んで下さい」
「気づいてた!?」
「当たり前ですよ、まあ休憩も必要ですからね」
ジョエルは文献から目を離さずに会話すると、ブツブツと独り言を呟いている。俺との会話は終了したという事なのだろう。
そそくさとジョエルの部屋から外に出た。
昼は暑いこの頃だけど、夜はまだ涼しくて夜風が心地よい。
いくら王宮とはいえ、昼の賑わいが嘘のように静寂に包まれている。時間毎の見回りの兵士以外は人の気配はない。いつもの様に一般の人が入る事が出来ないエリアのガゼボに到着すると腰を下ろした。
陛下からも許可を頂いているから、休憩といえばこの場所だとお気に入りの場所となっている。
何故この場所を陛下から許可されたと言うと、この外見のせいだろう。この外見は目立つ、その一言に尽きる。
王宮の侍女の中には貴族の令嬢がいる。平民出身もいるにはいるが、洗濯場や調理場などに配属される事が多く、王宮内で接する機会があるのは貴族の令嬢だ。
その令嬢達は高貴な人物に仕えながら出会いを探してもいるのだろう。悪い事ではない、ただ俺を巻き込むのは止めてほしい。隙あらばとチャンスを伺っているのが手に取るように分かる。
俺としてはリーネ以外の令嬢と親しくなるつもりはないと明言しているのに、そう言う噂は広まらないのだろうか、休まらない日々が続いた。
だから、ここで休憩する許可が陛下から下りたのだが……
空を見上げるとセララ湖などの地方ほどではないが、星空が見える。どうせなら、リーネと見たいこんな所で一人で見ても虚しいだけだ。
ハァとため息をつくと終わりの見えない作業を思うと憂鬱になる。
それでも綺麗な星空だな……と思っていると何やら白い物体が見える。王宮には防御壁が展開されているので、中に入れるという事は悪い物ではない。
物体は徐々にこちらに近づくとその全貌が分かった。
――シリルの鳩だ!
急用なのだろうかと慌てて鳩の足に付けられたメッセージを緊張しながら開いた。
『明日、アイリーネがリベルト様の所に行くよ。ユリウスも忙しいでしょう?僕も行けそうにないけど、イザークに任せておけばいいよね byシリル』
………良い訳ない!
何言ってるんだ、シリル!
リーネの隣は譲らないからな!!
そうと決まれば明日の為にジョエルから外出をもぎ取るぞ、と心に誓ったユリウスであった。
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