第136話 支配
遡る事、少し前。ユリウス達が出発したあとの大聖堂では外からくる多数の怪我人の手当が行われていた。
教皇を始め、聖女に聖人が中等度から重症者の患者を見習いの子供達は軽症者の患者を受け持っている。
怪我をした人の中には幼い子供もいて、泣いている姿を見ると胸が痛む。
体の傷だけではなく、外で起きた恐ろしい体験に怯える者にはリラックス効果の高いの薬草を配り、治療を終えた者は横になれる場所が提供され大聖堂内は徐々に落ち着きを取り戻して来た。
「コーデリア様、私達はいかが致しましょう」
「そうねぇ……この中は安全でしょうから神官達の手伝いでも頼みましょうか」
「わかりました」
そう指示されたアベルは騎士達と共に神官の元に向かうと、共に動き始めた。それぞれが決められた作業を行う中、アイリーネも自分に出来る事を探し始める。
私には治癒の能力はない、だから怪我人を治す事は出来ない。だったら何が出来るだろうか、と考えた時一つの考えが浮かんで来た。
この大聖堂からいながら浄化するのは難しいのだろうか。外には出てはいけないと言われたが、この防御壁の中から安全に行えるのではないだろうか。
すぐにコーデリア様に私の案を聞いて頂こうと小走りで近づいた。
「コーデリア様、あの……」
「どうしたの?アイリーネ」
防御壁を展開中のコーデリアはアイリーネ真剣な眼差しに不思議そうに首を傾げる。
「あの、この防御壁の中から浄化するのは可能でしょうか」
「そうねぇ……闇雲に浄化を行っても体力が削られるだけだしね……」
「そうか……そうですよね……」
ある程度の範囲を決めないと浄化しても効果は薄い、大体の位置が特定されれば期待も出来るだろうにとアイリーネは目を伏せた。
「あっ、裏庭!アルアリア・ローズの花壇なら浄化出来るわ!あの花自身も浄化作用があるし、浄化する位置も特定できるし、きっとローレンス達の助けになるはずよ」
「わかりました、やってみます」
アイリーネは手を組むと目を閉じ、呪文を唱える。
『祈りを捧げます、浄化の光を与えたまえ』
いつもなら目の前にあるはずの浄化の対象はこの場にはいない。だからこそ、鮮明にアルアリア・ローズが植えられている場所をを思い浮かべる。可憐でありながら気高い白い花弁の群生を思い、浄化の光を捧げる。
浄化の一筋の光が天から降り花壇へと降り注いぐと、その光が広がるのが大聖堂の小さな窓から確認出来た。
「出来た、出来ました!」
「さすが、アイリーネよね」
二人で手を握り合い喜びを分かち合ったのも束の間、直ぐにコーデリアの表情は曇っていった。
困ったように眉を下げたコーデリアは自身が感じた闇の魔力について語り出した。
「あのね、アイリーネ……言いにくいのだけど、闇の魔力が強すぎて浄化の光が押されているわ」
「そんな――ではどうすればいいのでしょうか―」
「ローレンスならきっと何とかしてくれる、だからアイリーネ浄化の準備をして!絶対に浄化してみせるのよ!」
「……わかりました」
アイリーネは静かに目を閉じると手を組むと祈る準備に入る。
◆ ◆ ◆
誰か……誰か助けて下さい。
先程から少しづつ纏わりつく闇の気配に吐き気がする。大聖堂の中とはいえ、自分の作業に夢中で誰にも気づかれる事がないようだ。
ハアハアと大きめの息を吐きながら、頭の中に聴こえる声を必死で拒否をする。
『お前だって教会なんて来たくなかったのだろう?』
――そんな事ない
『突然養子にされ家族の元を離れる事になって、恨んでいるのだろう?』
――そんな事想ってない
『神聖力が高かったばかりに……神聖力など不要な物だ』
――違う、違う
『それなら、ポケットを見てみろ』
――ポケット?
声の言う通りに自分の白い見習い服のポケットに手を入れると硬い何かが触れた。
ポケットから取り出すとその正体に驚愕する。
――なんだ、これは!ナイフ
見覚えのない小型のナイフが自分のポケットから出て来て動揺する。
どうして、いつの間にと問うても返事は例の声しかしない。
『何故そのように驚く?それがお前の望みなのだろう』
――僕の望み?
『教会の象徴を傷つけてやろう』
――何を!そんな事考えていない、あり得ない
そう言われて心当たりの人物を見る。その人はいつも通りに光の中にいる、誰にも決して穢すことが出来ない光の中に。
『抵抗しても無駄だ、すぐに終わる』
――嫌だ、止めて
自分の意思とは関係なしに動く手足は小型のナイフを握りしめたまま、ゆっくりと歩き出した。
「アイリーネ、今よ、今なら浄化出来る」
「はい」
すでに準備は万全でコーデリアの声を合図にして二度目の浄化を試みる。
『祈りを捧げます、浄化の光を与えたまえ』
二度目の浄化の光は一度目とは違い、もう闇に負けることはない。裏庭から完全に闇の気配が消えたのがわかる、黒く染まったアルアリア・ローズ達は本来の色を取り戻し再び咲き誇るだろう。
誰もがその光に魅入られて、眺めていた。
だからこそ、気づくのが遅れたのかも知れない……
「――アイリーネ様!!危ない!!」
「えっ?」
突然掛けられた声に振り向くと、一瞬光る何かが見えた――
読んでいただきありがとうございます。
いつも不定期ですみません




