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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第135話 浄化の光

 大聖堂の正面から外に出ると、そこにはおぞましい光景が広がっていた。

 目を輝かしていた子供に楽しそうに笑う恋人達、そんな光景が広がっていたはずが、今ではその影はない。


 大聖堂の裏庭とは違い、露店が多くみられた場所だった通りは露店と思われる物の残骸が転がっていた。


「何だよこれは……」

「……酷い」



 風に乗って香る鉄のような血の匂いに二人は眉をひそめる。視界の悪い濃い闇の中で横たわる者はどれだけの者が生存しているか確かめようも無く、二人は愕然とする。


「だったら!」


 シリルは現状把握する為にまずは濃い闇を退けて目の前を照らす事を考える。


『汝の道を照らせ、妖精王の祝福を!』


 シリルが呪文を唱えるとシリルの手から放たれるた光は辺り全体を照らした。



「!!」

「これは……」


 二人の目がこれ以上は開かないと限界まで広がると体は氷のように冷え硬直した。


 信じられない、回帰前に魔獣の討伐をしていた俺でも見たことがない惨劇だ。刃物を振り回す者に殴る者、露店を破壊する者とそれに対して傷つけられ横たわる者、怯え震えている者など王都ではなく戦場ではないかと錯覚するほどの光景だ。


 ユリウスは咄嗟に弱い雷魔法を無詠唱で放ち、危害を加える者達の意識を奪った。

 隣にいるシリルを見ると、さすがのシリルも顔色が悪い。シリルも見える範囲の負傷者を神聖力で回復させると、より一層顔色を悪くさせた。神聖力が多いシリルにとって、これ程濃い闇の中で使う神聖力は体への負担が大きいのかも知れない。もしそうならば、長時間の間この場所に留まる事はむずかしいだろう。




「シリル……どうする」

「浄化いや、僕にはこの闇の浄化は無理だ。この闇の原因を調べるよ」

「闇の原因ってどういう事だよ」

「これほどの濃い闇の魔力が一斉に放たれたんだ。それなりの原因があると思うよ」

「なるほど……な」


 そう言って歩くシリルの背を追いかけて、足早により濃い闇の元へ向かう。

 シリルも俺もいつものような会話はない、ただ耳を塞ぎたくなるようなすすり泣く声やうめき声が聞こえてくる。気を抜けば濃い闇が俺の中にまで侵食してきそうで緊張しているのか、暑くもないのにやけに喉が乾く。



「誰だ!」


 気がつけばシリルが立ち止まり睨みつける視線の先にぼんやりと人影らしき物が見える。

 敵なのだろうか、といつでも攻撃できるように魔力を指先に込めると警戒する。



「……その声はもしかしてシリルなのか?」


 聞き覚えのある声に俺は警戒を緩めるとその人物の名を呼んだ。



「アル兄様?」

「ああ、ユリウスもいたのか」 


 顔が認識出来るほどの距離に近づくと想像通りの燃えるような赤髪に赤眼に安堵し、思わず笑みが溢れた。



「どうしてここにいるの?アル兄様」

「ああ、俺達はバザーの露店を見ていたんだが……」

「………俺達?」



 アルバートにそう言われて視線を移すと外套をすっぽりと頭から被った人物が立っていた。

 フードを被り顔を伏せている為、顔立ちがわからないが背恰好から女性ではないかと思われる。

 ジロジロと不躾に見るわけにもいかず、アル兄様との関係が気になるが、アル兄様は俺達に紹介する気もないようで彼女については触れようとしなかった。



「お前達はこんな場所で何をしているんだ」

「この濃い闇の原因を探しているんだよ」

「そうか……カトリナ分かるか?」


 カトリナ?この人物の名前だろうか、そう思っているとフードの人物は頷くと少し先にある場所を指差した。


「あちらです、あちらから濃い闇の気配を感じます」


 やっぱり女性で間違いないようだ、声から察するに若い女性のカトリナは淡々と語ると役目を終えたように指差した手を戻す。そうして、四人でカトリナが指した方角を目指した。



 間違いなく近づいている、そう思える程闇は次第に濃くなる。

 歩み進む度に本来ならば景色は変わっているはずなのだが、今は闇のせいで変わらない。先頭を行くシリルは闇の魔力の影響で息をするのも辛そうだ。ただでさえ重い足取りに加え闇の魔力が纏わりつき、体力を奪う。


「これだろうか?」


 それは大通りから外れた場所で見つけた、ゴミのように無動作に置かれた変哲もない箱だった。こんな場所に置かれていなければ、あるいはお菓子でも入っているかも知れないと思えるようなただの箱だった。

 

「開けてみるよ」

「気をつけろよ、シリル」

「うん、わかってる」


 さすがのシリルも緊張しているのか箱を開ける指が小さく震えていて、どうやら俺にも伝染したらしくゴクリと唾液を飲み込んだ。

 箱はすんなりと開き特に爆発するような事もなく、中には丸い形の黒い鉱石の付いた置物が入っていた。



「なんだこれは?」

「何かはわからないけど、この物体から闇の魔力が出ているね」

「カトリナこれが何か判るか?」


 カトリナは箱の中をジッと見つめると、それを手に取った。


「カトリナ!触っても大丈夫なのか?」

「はい」

 


 カトリナは小さく頷くと、それに自らの手をかざし目を閉じた。


「これはなんらかの方法で集めた闇の魔力をこの石に凝縮して閉じ込めていたみたいです。神聖力や攻撃にも耐性がありすので、単独で攻撃しても壊れません」


「じゃあ、単独でなければ有効なのかな」

「……おそらくは」


 シリルはカトリナの言葉を受けて暫くの間考えたあと、一つの仮説を導き出した。


「単独が無理なら混合魔法だよ、ユリウス」

「わかった、何と何を混ぜるんだ」

「ユリウスだけじゃなくて、ユリウスの魔力と僕の神聖力、それからアルバートの魔力も合わそう」

「俺の魔力も合わせるのか」

「うん、威力が増すだろうからね」 

「わかった」



 シリルの指揮の元、まずはユリウスの水魔法とシリルの神聖力を混ぜる。



『水よ、我が声に応えよ』

『汝浄化の光を灯せ、妖精王の祝福を』


 二人の呪文により、神聖力を含んだ水の球が出来上がった。宙に浮いた水球は神聖力を帯びているためキラキラと輝き美しい。見る者も癒やされていくようで、少しだけ心も晴れるようだ。


「次は俺だな」


『風よ我が声に応え、力を巻き込み攻撃せよ』



 アルバートが最後の呪文を唱えると、風の力を含んだ水球は大きな渦を巻きながら、黒い鉱石を攻撃した。皆が見守る中、パリンと音を立てて鉱石にヒビが入ると灰色と変色し、闇の魔力が流れ出るのも止まる。


「これで一応は止まったけど、すでに溢れている闇の魔力はどうしたらいいんだ?」

「浄化しかないかな……アイリーネじゃないと無理だよ」

「一旦、大聖堂に戻るか?シリル」

「そう――」



 シリルが返事を返す前に大聖堂から白い光が天に向けて上がるのが見えた。その光は大聖堂から辺り一帯の範囲に広がるとユリウス達もその光に包まれた。

 

 この光はリーネの浄化の光、回帰してから最大の光。回帰前の断罪の時に匹敵するほどの大きなな光は、あの時とは違う。あの時感じた幸福感は光に包まれると、ただ満ち足りていった。だけど、今の光は確かに浄化の光だが悲しくなる程辛い。


「これは……」

「大聖堂で何かが起きたんだね」

「急いで大聖堂に引き返そう」 

「うん」 


 ユリウスとシリルはアルバート達に別れ大聖堂へと引き返す。



 浄化の光を使うという事はリーネはきっと無事だ。

 けれど、何かがあった……

 リーネ、今行くから待ってて!

読んで頂きありがとうございました

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