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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第134話 黒いアルアリア・ローズ

 裏庭へと出たイザークとローレンスはその景色の驚愕した。白い花弁を揺らしていたはずのアルアリア・ローズは見る影もなく、黒く枯れ果てていた。



「これは……一体どうして!アルアリア・ローズがこんな風に枯れるなど、ありえない」

「はい、自然に枯れた物ではありませんね」

「……」

 

 アルアリア・ローズは強い花だ。

 枯れたあとには次の世代に託すように新たに芽吹く。

 加えて神聖力を持った花は闇を払うとも言われており、多少の闇では払ってしまう。状況を察するに、それ以上の闇に呑まれたのだろうか。

  

 二人の考えが正解だと言わんばかりに裏庭一帯には濃い闇が漂っている。息をするのも詰まるような重苦しい闇に絡めとられるように、体の動きが鈍い。


 こんな闇の濃い所でも構わずに動く者がいる。闇に当てられたのか、人同士が傷つけ合い地面に伏せている者の姿も多数確認できる。殴り合っていた内の一人が倒れると、残る一人はイザークを眺めた。

 一人の男性がイザークに向けて襲いかかるが、アッサリと交わす。男性は地面に勢いよく転がるが直ぐに立ち上がり、再びイザークを目指す。



「イザーク!避けてばかりでは、同じ事の繰り返しです」

「ローレンス様!しかし、相手は人間です。切り捨てるわけにもいきません」

「……神聖力を相手に込められますか?」

「やって見ます」


 イザークは神聖力を掌に込めると、向かって来た相手を交わしすかさずその背に神聖力を込めた掌を押し付けた。男の体が白い光に包まれると、絶叫しながら倒れていく。


「イザーク、死んでないですよね」

「ええ、生きてます」

「では、これをお見舞いしてやろう」


 ローレンスは目を閉じ胸の前で両手を合わせると呪文を唱える。



『祈りを捧げます、光よ我が声に応えよ!』


 ローレンスの呪文に呼応するように白い光は大きくなると目を開けていられない程の輝きを放った。


「ぐあーっ」

「ううっ」


 お互いを傷つけ合っていた闇を纏う人達は、ローレンスの光を浴びると悲鳴を上げてその場に倒れて行った。


「イザーク、辺りを探して下さい!これほどの闇の魔力が一瞬で溢れるなんて考えられない。何か仕掛けがある筈です」

「はい、わかりました」


 先程の光の魔力を使用する為に体力を消耗したのか、ローレンスは肩で息をしながらイザークに指示を出した。


 光魔法か、初めて目にしたな。光魔法は貴重で現在使用できるのは、僅かに五人である。確かに一度の使用で大勢の者を無効化する事ができた。しかし、その反動かローレンス様の体力の消耗が激しいようだ。

 今は気絶していても再び目覚める可能性もある。

 長期戦になればこちらは不利になるだろう。


 だからこそ、仕掛けである何かを早く探し出さなくてはならない。


 イザークはアルアリア・ローズの花壇に目を付けた。花を枯らすほどの濃い闇の気配は今なお花壇の周囲から漂っているからだ。

 膨大な量の枯れたアルアリア・ローズを掻き分けてイザークは何かを探した。しかし、色も形も大きささえも分からない何かを探し出すのは困難を極めた。


 闇雲に探していても見つからない、かと言って当てがある訳でもなく、イザークは焦燥感に苛まれていた。



「一体……どうすれば……」


 イザークは黒いアルアリア・ローズの群れを見つめて、途方に暮れた。濃い闇により体は怠く動きも鈍い。闇の魔力の影響か自分の行動の全てが無駄ではないかと思え、両膝をつきその場に留まった。


「……イザーク!」


 光の魔力を保有しているローレンスは濃い闇の中ではただ立っている事でさえ、体力が削れていった。


 早く見つけなくては、全員全滅だ。

 どうすればいい?

 こんな時、君ならどうするコーデリア。


 霞む目に映るのは黒く染まった世界。

 何もかも塗りつぶされて、イザークも私も黒く染まるみたいだ。

 このまま、呑まれるぐらいなら……いっそ

 

 ローレンスが最後の力をふり絞り、もう一度光の魔力を使用しようと密かに考えた、その時……

 




 黒いアルアリア・ローズの花壇に向けて天より一筋の白い光が現れて、そこを中心として辺り全体に光は広がった。光に包まれた花々は黒い殻を破るように、白い花弁を覗かせる。


「これは……」


 黒かった筈の花が白を取り戻した目の前の光景にイザークは信じられないと、目を見開き驚いた。


「アイリーネ様の浄化の光……」



 闇が薄まったのか、視界が鮮明になる。

 呼吸も楽になり息苦しさも軽減されると、体も軽くなった。

 イザークは立ち上がると、地面を強く踏みしめた。

 

 

 今の感覚が闇に囚われるという感覚なのだろうか。

 底なし沼へ沈む感覚だった。 

 立ち止まっている暇はないというのに、情けない。


「イザーク!花壇の中心を見て!」

 そう言われて、イザークは視線を花壇の中心へ移した。


「あっ!」


 浄化された筈の花壇は中心より、また再び黒く染まり始めていた。イザーク達を嘲笑うかの如く黒く染まるとその範囲を拡げていった。


「そんな……」


 そんな馬鹿な……希望の光が消えてしまう……

 再び黒に塗り変えられてしまう。

 イザークの心の内を表すように、イザークの瞳も陰りを見せ始めた。



「いや!イザーク、中心です!黒が始まったその中心に何かがあります!」



 ローレンスの声で我に返ったイザークは花壇の中心を目指した。花を掻き分けてその根が眠る地面をも探す。土に塗れた指の先に硬い何かが触れた。

 

「これは……」

「これに間違いはないでしょう」



 必死に土を振り返したイザークの前に正体不明の物体が現れた。

 その何かは大きさはイザークの掌に収まる程で、丸く黒い鉱石が埋められている。黒い鉱石から放たれる闇の濃さはこの物体が原因であると教えてくれるようだった。



「えいっ!」


 ローレンスが光魔法を放つもすぐに吸収され、傷一つつかない。


「これはどうでしょう?」


 イザークが抜刀し、鉱石に刃で攻撃しても同じく傷一つつかない。



「どうしましょう、ローレンス様」

「………」


 ローレンスは鉱石を指で擦ると自身の頭を整理した。


 闇の魔力を帯びているのは、間違いない。

 この世に絶対的な物など存在しない。

 光魔法も物理攻撃も効かないとなると、あとは……

 

「イザーク!剣に神聖力を込めて、攻撃の瞬間に放つ事は出来ますか?」


 

 イザークは剣を握り直すとその刃に手をかざす。

 今、イザークに残されている神聖力の全てを指先に集中させると刃に込めた。

 そして、神聖力を込めた剣を一気に振り下ろすと黒い鉱石を攻撃した。イザークの攻撃を受けた石はヒビが入るとその役目を終えるように灰色になり、また闇の気配も消えた。


「終わったのですか?」

「多分……」

 

 安堵と疲労により、二人は座っていることもままならずに、横たわる。

 


 再び天から降りてきた浄化の光が裏庭から闇を払う姿を目撃した。指先一つ動かせない疲労感とは裏腹に二人の心は澄み切った青空のように晴れ渡っていた。



 


 





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