第132話 襲来
大聖堂の正面の扉が開かれると教皇がバザーの開始を告げる。
「お待たせしました。ただ今より亡き聖女ミレイユ様の追悼の意を込めまして、バザーを開始したいと思います」
次に王家の双子が扉の前に立ち、手を振るとその場は歓声に包まれる。バザー自体よりも二人を見るためだけに来ていた人もいるようで、二人が大聖堂の中に入ると帰路につく人達もいるようだ。
係の者に案内され行列の最初の人達が大聖堂の中に入ってくる。すると、不思議な事に気が付いた。
行列に並んでいる時には見えなかった貴族の姿が見える。着飾った貴族達はバザーの品物を選びながら、見知った者同士が会話しているようだ。
「ねぇ、シリル。貴族の人って行列にいたかしら。どこから来たのかな」
「ああ、行列には使用人とかお金を出して雇った人を並ばせて時間になれば本人達がやって来る。自分の代わりを並ばせていたんだよ」
「えっ?そうなの。それはズルくはないの」
「うーん、使用人にしても雇われた人も賃金が払われているからね。そのお金で数日間の食べる物を買ったりする人もいるから禁止もできないしね」
シリルは学園に通っていないのに、質問すれば大抵の事は答えてくれる。それに比べて私は知らない事が多すぎるのではないだろうか。世の中の令嬢はどれぐらいの知識を持っているものだろうか。
「……私、知らない事ばかりね」
「アイリーネの場合は仕方ないよ、行動範囲が限られているしね。それに……」
「それに?」
「……何でもないよ」
「言いかけたら気になるじゃない」
シリルにそう抗議しても、ただ笑っているだけで教えてくれる様子はない。何か他に理由があるのだろうか……
隣でアイリーネは難しい顔をしている。
あのね、アイリーネと違って僕達には回帰前の記憶がある、だから実年齢よりも多くの事を知っていて当然じゃないか。
それに……今だって……ほら、見てごらんよ。
君の周りには過保護な人物がいて、君の行動の見逃すものかと言わんばかりにこちらを見ているよ。
ユリウスやイザーク、それから他の皆だって君には綺麗な物だけ与えたいんだ。だから必要以上に社会から君を隔離している。
きっと君が成長するに従って断罪された時の容姿に近づいているから、不安なんだよ。そうやって隔離している筈なのに、それでも君は思い掛けない所で酷いめに合う。
ねぇ、コーデリア。君の予知が外れる事を心から祈るよ。
♢ ♢ ♢
バザーが始まってから、時間の経過と共に商品は売れていった。私達が販売の手伝いをする事はない。販売を手伝うと人が集まりすぎるから、という理由らしい。ただ見ているだけでいいのだろうかと思うけど、私や王家の二人を見に来ている人もいるので、笑って手を振ればいいとシリルは言う。
「まるで珍しい動物にでもなったみたいだわ」
「コーデリア」
「だってそうでしょう?ローレンスはそう思わないの」
「思っても口に出したり、顔に出したりしたら駄目なんだよ」
ローレンス様もそう思っていたのか、実は私もだ。
二人と違って私は教会には通っているし、それほど珍しい事もないと思う。しかし、実際に私達を目にして泣き出したり、祈られたりするとどうしていいかわからない。
「だって泣かれたら困るし、祈られても特にご利益もないわよ」
「コーデリア、声が大きいよ」
「……アイリーネ、ローレンスがお母様より煩くなっているわ、どうしよう」
「……そう言われましても…」
「リーネを困らせるなよ、コーデリア」
「アイリーネ、困ったの?ごめんね」
コーデリア様は私の反応に敏感だ。どうしてここまで気に掛けて下さるのかはわからないけれど、私の事を想って下さっているのはわかる。
「困ってませんよ」
だから笑顔でこう言うと、コーデリア様も笑顔になる。この笑顔を見る度に知らない誰かの顔が脳裏によぎる。その誰かを想うと胸が切なくなって苦しい、けれどすぐに靄がかかったように消えていく。
コーデリア様と出逢ってからずっとそうだ。
忘れてはいけない何かを私は忘れているのだろうか。
「げっ……来たのかよ」
少し考え事をしていた私の耳にユーリの嫌そうな声が聞こえた。ユーリの目線を追い同じ方角を見る。
マリアがいる。公爵夫人に手を引かれおめかししたマリアはバザーよりもこちらに興味があるようだ。フリルとリボンをふんだんに使ったワンピースに大きなリボンを頭につけている。今日は聖女ミレイユ様の追悼バザーだから貴族達も着飾ってはいないのだけど、マリアには関係ないのだろう。
夫人が他の貴族と会話している隙にこちらへ向かって来た。
「お久しぶりです、お兄様、イザーク様」
「ああ」
「はい」
「………」
二人共、返事のみだから会話が成り立たない。
マリアは気にする素振りも見せずに次はローレンス様に着目した。
「わあ、ローレンス様お目にかかれて光栄です」
マリアはマナーの先生に習っていないのだろうか。王族への挨拶がそれでいいのだろうか、それにコーデリア様には一言もない。
「相変わらず、無礼な子ね。ユリウスの妹でしょう何とかしてちょうだい」
「それは無理だ。それに好きで兄妹になったわけじゃない」
「お兄様ひどい!――あっ、照れているのですね」
「そんな訳無いだろ、コーデリア不敬罪で連れていけ」
「えーっ、要らない。ユリウスこそ家に連れて帰ってよ」
「それも無理だ。俺の家はもうオルブライト家も当然だからな」
マリアは前よりも酷くなっているのではないだろうか。ただ、全ていい意味に捉えていて良いように言えば前向きで、そう言う面では羨ましい。
「アイリーネ様」
「はい、なんでしょうか。ローレンス様」
「この状況はどうすればいいのでしょうか」
「……ごめんなさい。わかりません」
「……そうですか」
私とローレンス様それからイザーク様は暫くの間、三人の会話を聞いていた。
席を外していたシリルが「みんなが注目しているじゃないか」と注意にやってくるまで、それは続いた。
公爵夫人が慌てて側にかけよって来て、王家の二人に挨拶をすると嫌がるマリアの手を引き連れて行く。
「お母様!まだ、イザーク様やローレンス様とお話できてません」
「マリア!聞き分けてちょうだい」
「お母様こそ!」
「マリア!」
マリアは抵抗しているようだが、護衛に抱えられて姿を消した。
「抱えられるなら、イザーク様がいいの!」
そんなマリアの雄叫びが大聖堂に響いていく。
名前を出されたイザーク様の顔を見上げると、無表情だ。ユーリやシリルに比べると表情を面に出さないイザーク様だが表情が無さすぎて人形のようになっている。
「人気者だな、イザーク」
肩を叩かれたイザーク様は、それでも無表情だった。
「あっ!あいつリーネに一言もなしかよ」
ユーリの言葉で初めて気が付いたわ。
まるで私の存在などないかのような態度だった。
マリアに無視されても、傷ついたりしないから別に構わないのだけど。
私が酷い目に合ったような眼差しで見るユーリとイザーク様と目が合う。
「気にしていないので大丈夫です」
そう言っても変わらない眼差しに、助けを求めるようにシリルを見た。
シリルはしっかりと頷いた。
「二人共、アイリーネがドン引きだから止めたほうがいいよ」
ため息をついたあと放ったシリルが一言で決着した。
そうこうしている内に、バザーは終盤に差し掛かっていた。
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