第131話 バザー⑤
大聖堂内が慌ただしくなってきたと思ったら、歓声があがった。声がした方に振り返って見るとどうやらコーデリア様とローレンス様が到着されたようだ。
「あの二人の人気はすごいな」
「そうですね、お二人共王族ですから普段お目にかかる事も少ないですしね」
「まあな。でも、ある意味クリスよりも熱狂的な人気だな」
「まあ、光の魔力に妖精だと言われる髪の色をした二人だからね」
「そう言うシリルも同じじゃないのか?」
会話に加わったシリルにユーリが問うと自分は普段から教会にいるからそうでもない、と笑っているが候補生にとってシリルは憧れの存在なのだろう、準備をしながらでもシリルの様子を伺っているのがわかる。
「アイリーネ!」
教皇様に挨拶を終えたコーデリア様がローレンス様と共にこちらに向かって来ている。二人共、揃えたような白の衣装が良く似合っている。今日の護衛担当なのだろう二人の後ろにはアベル様がいる。
ローレンス様の横には宰相の姿も見える、宰相も参加するのだろうか。
「これはこれは、尊いお方がこんなにも揃われて……エルネスト!何故お前がここにいるのだ」
それまでにこやかな笑顔だった宰相は自分の息子で在る筈のエルネスト様の顔を見た途端に少し怒ったような態度になった。
「……何故と言われましても、今日はミレイユの追悼でもありますし、それならば従兄妹である私も参加するべきだと思いまして……」
「お前は――」
「宰相、大きな声で騒いでは煩いよ。他の人も沢山いるのだからね」
「はっ、申し訳ございません」
怒っていたはずの宰相はローレンス様に注意されると何事もなかったかのような顔をして、今度は貝のように口を閉じてしまった。
いくら王族とは言え大人の宰相が子供のローレンス様に注意される姿は違和感がある。
そう思うのは私だけなのだろうか、誰もその事に触れる様子はない。
先程、エルネスト様が言っていた通り、宰相親子の仲は良くないようだ。
「アイリーネ、久しぶりね」
「えっと、先週お会いしたような?」
「何言ってるの?先週じゃない本当は毎日でも会いたいのに!そうだわ、アイリーネも王宮に住めばいいわ」
いい考えだとばかりに、コーデリア様は笑顔で私に同意を求めてくる。
「何言ってんの、君は。アイリーネは今の家で僕達と暮らすんだよ」
「そうだ、王宮なんかに住んだら俺が気軽に行けないだろ」
いつも顔を合わせるたびに、こんな風に言い合いになってしまうのにも慣れてしまった。
初めは驚いたけれども、どうやらシリルとコーデリア様は仲が良いようだ。こうやって軽口を叩く事が出来るのは仲が良いからだとお祖父様が言っていたので間違いないだろう。今日は更にユーリまで加わっている。
「フフッ」
言い合いをしている姿が何だかおかしくて、思わず私は笑ってしまった。
私の笑い声が響いていたのか、静まり返ると皆の視線が一斉にこちらを向いた。そんなに注目されると緊張して焦ってしまう。
「まあ、こうやって言い合いできるのも、平和だからだよな」
「そうだよね……」
「ええ、そうですわね」
今度は皆しんみりとなっていまい、再び静まり返ってしまう。そんな中、重い雰囲気を打ち破ったのは意外な人物だった。
「平和が一番ではないですか!?さあ、バザーが始まりますよ?さあ、持ち場に就きましょう」
場の雰囲気など関係ないのか、宰相は大きな声で両手を広げるとそう叫んだ。
「宰相も偶にはいい事言うよね」
ローレンス様の発言に笑いが起きるが宰相は気にする様子もなく一緒に笑っていて、その場は和やかな雰囲気に包まれた。
♢ ♢ ♢
「中に入れないのですか?」
「ああ、見てみろよ凄い行列だろ?一番前の人は何日も前から並んでいるんだぞ」
「そうですか……では、このジュースだけでもアイリーネ様にお渡ししてくれませんか?」
大聖堂を警備する兵士達に中に入る事を止められる。すると少年は何とか自分の作ったジュースだけでも届けてほしいと兵士達に懇願した。しかし、兵士達は顔を見合わせると気の毒そうに少年を見た。
「あのな、坊主。愛し子様がどこの誰かもわからない飲み物を飲むと思うか?何か悪い物が入っているかも知れないだろう?」
「そんな!何も入れていません。僕はただオレンジには栄養があるって聞いたから……だから……」
そう言って涙する少年の扱いに兵士達は困ってしまう。確かに少年の言う通り怪しい物でないのかも知れないがだからと言ってここを通すわけにもいかない、かと言って泣いている少年を無理やり帰すのもすでに注目を集めているため、憚れる。
「どうした?なんかトラブルか」
「その少年はどうしたのですか、泣いているではありませんか」
「あ、リオンヌ様!」
兵士の一人は見覚えのある髪の色をした男性に目を輝かせた。
「どうしたのですか、大丈夫ですか?」
少年は声の持ち主を見上げ、その髪の色に注目した。その髪の色はこの国には珍しいピンク色の髪である。少年の知識によると、この国のピンク色の髪は愛し子であるアイリーネと彼女の父親だけ。
「あなたは、アイリーネ様のお父さんですか」
「はい、そうですよ」
そう答えたリオンヌは兵士から事の経緯を聞き出した。リオンヌにとってその少年は初めて目にする少年でどうしてそのような行動に出たのか疑問に思う。
「あなたは、アイリーネの事をそこまで想ってくれているのですか」
「あの、実はアイリーネ様というより先代の愛し子様シャルロット様に僕の母が幼い頃に助けて頂いたそうなのです」
「シャルロットに?」
「母上にですか?」
「はい、僕の母は幼い頃に病気になりお金がなくて医者に掛かることも出来ずに後は死を待つのみだったそうです。せめて最後は苦しまないようにとジャル・ノールド教会へお祈りにいったそうです。その時偶然にもシャルロット様がいらして母を治してくださそうで、僕は祖母から僕が今存在しているのも全てシャルロット様のお陰だから忘れてはいけないと言われ育ちました」
「そうなのですね……」
「はい、それから祖母はこうも話していました。シャルロット様はその強い力と引き換えるように、力を使う度に窶れていったと。だから、僕思ったんです。アイリーネ様にこの栄養の一杯入ったオレンジジュースを飲んでいただいたらいいのではないかと。だけど、中には入れないし、知らない人の飲み物は何が入っているかわからないって……」
そう言うと少年の目には涙が再び滲んできた。
困ったな、とリオンヌは率直にそう思った。この少年の想いはありがたいが、かといって疑いもなくアイリーネに渡すわけにもいかない。
暫く同じように顎に手を当て考えていた、父が少年の頭をポンポンと撫でると話を切り出した。
「なあ、坊主そのジュース俺にくれないか?俺はシャルロットの夫だしアイリーネの爺さんだ。アイリーネは元気にしてるが俺はもう年だからな、最近体が辛いんだ」
朝から誰よりも朝食を食べている人が何を言っているのかと反論したいが、少年の手前言えやしない。
「俺に元気がないとアイリーネも悲しむだろ?」
「……そうですね、ではどうぞ。搾りたてですよ」
「ああ、ありがとう」
父のジュースを飲む姿に緊張感が走る。ただのジュースである保証は何処にもない。父は人より丈夫だし、テヘカーリの皇子時代から毒の耐性もついている。しかし、もしもの時は自分の治癒の能力で……
リベルトはそんなリオンヌの想いを知ってか知らずかオレンジジュースを飲み干していく。
「お、美味いな坊主。いくらだ?」
「いえ、これは売り物じゃなくて、感謝の印ですので、お代はいりません」
「いや、それはダメだ。ちゃんと代金は貰わなきゃ駄目だぞ、ほら」
差し出された金貨に少年はお釣りがなく、やっぱり代金は必要ないと説明した。
「お釣りの代わりに、今度また会った時はこのジュースを飲ませてくれるか?」
「……はい、わかりました」
それでは、と挨拶をした少年は口を開けろとリベルトに言われる。そうして指示に従うと口に突如として何かが入れられた。それはほんのり甘くてナッツの入ったお菓子である。少年は驚くと共に口に入った物の正体に首をひねった。
「クッキーですか?」
「このクッキーはなアイリーネの作った神聖力入りの特別なクッキーだ。お前の事をきっと護ってくれる」
「……ありがとうございます」
今度こそ本当に少年が遠ざかって行く。
少年と出逢い、胸が暖かくもしたが同時に疑わなくてはいけないもどかしさも感じる。
「ただのジュースだったのですね」
「ああ」
「善意まで疑わなくてはいけないなんて」
リオンヌのため息にリベルトは苦笑いをする。
「それでも俺達がこうして盾になれば、アイリーネが安全に過ごせるだろう。人を疑うのは俺達の仕事だ」
「……そうですね」
「中に入ろう。そろそろ始まるぞ」
「はい」
二人は兵士と挨拶を交わすと大聖堂の中に姿を消した。
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