第130話 バザー④
「シリル様、挨拶させて頂いてもよろしいですか」
「ん?君はカミーユだね」
カミーユと呼ばれた少年は私よりも年下のようで10歳に満たない年頃だろうか、ブロンドのストレートの髪は肩よりも少し短くグリーンの瞳をした少年だった。神官の見習い服を着ていることから、聖人候補だと思われる。
「いいよ、アイリーネ彼はカミーユと言って聖人候補なんだよ」
「お目にかかれて嬉しいです、アイリーネ様。僕はカミーユ・オースティンと申します」
「オースティン?」
何処かで聞いた姓だけれど……そうだ、この国の宰相と同じ姓だわ。それからミレイユ様と一緒にお会いしたエルネスト様とも同じ。親戚だとでも言うのかしら。
「カミーユそこに居たんだね」
そんな風に考えていると、エルネスト様本人が姿を現した。白の上下の服に長いブロンドの髪は今日は後ろで一つに結んでいる。派手な装飾品を身に着けている訳ではないのに、教会という場所柄かまるで結婚式を迎える新郎のように見える。
「あっ、エルネスト義兄上」
「"あにうえ”と言う事は兄弟なのですか?」
「ええ、義理にはなりますが」
「そうなのですね」
義理と言うのは母親が違うと言うのだろうか、しかし宰相は愛妻家で有名だと聞いた事があるのだけど。
「カミーユは元々親戚筋から養子としてオースティン家に来たのですよ。私には父のお眼鏡に叶う能力がありませんでしたのでね」
私が考えていた疑問に応えるかのように、オースティン家の事情を語るエルネスト様だけど、彼はどこか他人の事を語っているようだわ。
当の本人のエルネスト様は笑顔で語っているのだけれど、明らかに周りは和やかな雰囲気ではなくなってしまった。
慌てたシリルが"聞いて聞いて”と皆の注目を集めるように手をバタバタとさせている。こう言う時のシリルは年上には見えず、可愛いらしい。
「アイリーネ、あのねカミーユは神聖力が高いから聖人になるのは確実だと言われているんだよ。すごく勉強熱心だしね、神官達からもいつも褒められているよね」
「そんな僕はただ与えられた事をこなしているだけですよ」
シリルが話題を変えてくれて良かったわ。エルネスト様も話題が変わった事に対して気にする様子もなく一緒になりシリルの話を聞いている。
褒められたカミーユはというと、照れくさそうにしていて見ていて微笑ましい。
「そろそろ準備に戻りますクッキーありがとうございました」
「いえ、喜んで頂けて良かったです」
その場でお辞儀をしたカミーユは渡したクッキーを大事そうに抱えながら準備をしている他の候補生達の元へ帰っていった。
♢ ♢ ♢
「人が多いな」
「はい、そうですね」
思っていたよりの人がこの付近に集まっているな。
周りを見渡したが人の波は一向に途切れる様子もない、露店にはすでに行列が出来て始めている。
後をついてくるカトリナがはぐれていないか、時々は振り返り確認する。歩く速度は落としているつもりだが、人混みに慣れていないカトリナにとっては追い付くのに必死なようだ。
「カトリナ……来なければよかったか?」
「いえ!そんな事ありません」
「それなら、いいが……」
勢いよく返事をするカトリナにそんなにも参加したかったのかと、思わず口元を緩めた。
俺の顔をジッと見上げているカトリナは、多分俺に好意を寄せているのだろう。自意識過剰ではなくカトリナの眼差しがそう言っている。
だけどカトリナの思いに俺が応える事はない、カトリナが口に出さない限り何も言うつもりもない。
カトリナだって普通の家庭に生まれていれば今のような生き方をしていないだろう、そうすれば俺と出逢う事もなかったのに。
「アルバート様、どうかされましたか」
「いや、何でもない。カトリナ、危ない」
人にぶつかりそうになったカトリナを咄嗟に引き寄せると抱きしめる形となってしまった。腕の中でカトリナが緊張して身動きが取れなくなっているのが、手に取るようにわかる。
「カトリナ?大丈夫か」
「……はい、大丈夫です」
少し俺の体からカトリナを離すと、俯いたカトリナの顔は真っ赤に染まっていた。
何だかいたたまれないなと居心地悪く感じていると、急に声をかけられる。
「あ、あの、その髪の色は愛し子アイリーネ様でしょうか?」
「えっ、私ですか?」
「はい、そうです。その髪の色はめずらしいので、そうですよね!」
首から木製の番重を下げた少年はキラキラとした期待に満ちた目でこちらを見上げている。
カトリナの髪がピンク色をしているので、アイリーネと間違えたということか。無害そうに見える少年だが、アイリーネに何か用事でもあると言うのだろうか。
「悪いが人違いだ。俺達は旅行者だから髪の色も珍しくない。彼女は愛し子ではないが愛し子に何か用なのか?」
「あー、そうなのですね。実はぜひアイリーネ様にこの搾りたてのジュースを差し上げたくて探していたのです」
あまりにもガッカリと肩を落とす少年に思わず愛し子ならば大聖堂に居るのではないか、そう呟くと少年は嬉しそうに礼を述べ大聖堂に向かって駆け出して行く。
例え大聖堂に辿り着いたとしても、簡単に会えるのかわからないし、それに毒見もなしに家の外、しかも見知らぬ少年のジュースを飲むだろうかと、そう伝える前に少年の姿は見えなくなっていた。
そんな風に思いながら、暫く大聖堂の方を見つめているとカトリナがおずおずと尋ねてきた。
「アルバート様は大聖堂に行かなくてよろしいのですか?」
「………ああ、特に用事もないしな」
そう言うと腕を組めるように腕の形を変えると、カトリナは戸惑いながら触れてくる。
「……今日は人が多いからな……」
「……はい」
期待を持たせたくない、しかしカトリナを完全に無視することも出来ない。
中途半端が一番残酷だとわかっているのに。
考え事をしていると気にならなかったざわめきが、歩きだした途端に大きくなり、俺達は人の波にのまれていった。
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