第129話 バザー③
「すごい人だな……」
「そうですね……」
馬車の窓から見える人の多さに驚いてしまう。
教会に近づくに連れて増えていく人は皆、大聖堂に向かっているようだ。
遂には馬車が足止めされてしまい、動かなくなってしまった。貴族の中には乱暴に人波を掻き分けて進む者もいるのだろうが、危ないので私達はそんな事は望んでいない。
「馬車を降りて歩きますか?大聖堂まではもう少しですよね」
「うーん……」
大聖堂へはまだ少し距離があるが、人が多くて馬車ではこれ以上進めないのなら歩けばいいと思ったのだが、ユーリからの返答はない。
「歩きか……」 ユリウスは呟いた。
通常のバザーならこんなにも大勢の人が集まることはない。愛し子であるリーネの参加、それに加えて今回のバザーに王家の双子が参加する事が発表されている、そのため一目見ようと多くの人が押し寄せているのだろう。
今回、陛下から王女の予感とも言える出来事を聞いた。前回のリーネが毒を使用された際も人混みだった、人混みにイいイメージはない。
だからこそ、人混みは避けたい。しかし、このままでは参加する事も叶わない。
聖女ミレイユの追悼に愛し子であるリーネが参加しないわけにもいかないだろう。参加する義務はないが、不参加によってリーネの評判が悪くなるのは避けたい。
行かなくてはならないのなら大聖堂まで歩くか、とユリウスはそう判断せざるおえなかった。
ユリウスはため息をつくと、御者にここから先は歩く事になったと伝える。
「リーネの髪が目立つな」
馬車を降りる直前にふとそう言ったユリウスはアイリーネのピンクの髪に触れた。
――びっくりしたわ
急に触れられた事により、アイリーネはビクッと反応してしまう。
昔ならこんな風に触られても何も感じていなかったかも知れないけど、今は違う。だってもう兄妹じゃないし何よりユーリは私の事を好きだと言ってくれてる。そうやって色々な事を考えるとドキドキしてしまう。
「ごめんね、驚いた?」
そう言ったユーリが笑っていることを見ると、私の顔は赤くなっているのだろうか。
そんな風に考えていた私の前に見覚えない物か差し出された。
「大丈夫です。これを預かっております」
イザーク様が差し出したのは、白いフード付きのマントで教会の神官なども外に出る際には着用している物だった。
「預かるって、誰からだよ」
「リオンヌ様です」
「お父様がですか?」
「はい。人が多いと予想されていたのでしょう」
「さすが、リオンヌ様だな。まあ、ここまで多いとは思ってないかもしれないがな」
「……そうですね」
ユリウスとイザークがそんな会話を交わす中、早速アイリーネはマントを羽織りフードを被ると馬車を降りる準備をした。
馬車から降りると大聖堂の鐘が設置されている塔は見えているが距離は少しあるようで、ユリウスとイザークは警戒しながら歩き始める。
「そうだ、人か多いから手を繋いだ方がいいね」
「えっ!手ですか?」
「……リーネは手を繋ぐの嫌?」
咄嗟に聞き返してしまった私をユーリが悲しそうな顔でこちらを見る。嫌ではなく恥ずかしいのだけど、ユーリが悲しそうだから恥ずかしいとも言えない。
「いえ、嫌じゃないです」
「本当に?無理してない?」
いつも自信満々な態度なのに、こう言う時のユーリはまるで叱られた後の機嫌を伺っている子供のようでクスリと笑ってしまった。
「……大丈夫そうだね」
笑われた事により恥ずかしいのだろうか、ユーリは私と手を繋ぐと前を向き歩いて行く。
中々思うようには歩けずに少し進むだけでも時間がかかってしまったが、無事に大聖堂に辿り着くとホッとする。大聖堂の中へは人数制限を設けているようで、いつもの大聖堂よりは人が多いが外の混雑程ではなく神官達が慌ただしく準備に追われていた。
「あっ!アイリーネ達、遅かったね」
そう言う声の主は白い神官の服を着用したシリルで笑顔でこちらに近づいて来た。
遠くには教皇の姿も見えるが、シリルの表情を見る限り特に問題はなさそうで一先ず安心する。
「すごい人だぞ、シリル。警備は大丈夫なのか?」
「そんなんだよね、収穫祭より人が多いみたいでね、だけど大聖堂の中は大丈夫だよ。アイリーネは外に出てはダメだからね」
「そうですね……」
バザーが終われば露店を見に行こうかと思っていたので少しガッカリする。しかし、今日はミレイユ様の追悼なのだから浮かれてばかりではいけない。
本日のバザーの収益は孤児院にいる子供達や教会に身を寄せている聖女や聖人候補のために使われるそうだ。ミレイユ様は規模の大きめなバザーを不定期に開催していたそうで意志を引き継いだ形となっている。
その為、大聖堂の中には子供達の姿が多く見られる。年齢も環境も違う子供達はバザーの手伝いをしているようで、手分けして準備を行っている。
バザーは大聖堂の中と外に別れ、外も裏庭や入口付近に分かれている。私の出展したハンカチは中で売られる予定で誰が作成したのかは、わからない仕組みのようだ。
良かった。ハンカチを出展している人は沢山いて、どのハンカチも刺繍が素晴らしから名前が出ていたら恥ずかしい所だったわ。クッキーはどうしようかな、料理長にも手伝ってもらったけど、数が全然足りない。
「そうだ、シリル。クッキー焼き立てよ」
シリル用に別にしていたクッキーを差し出すと、シリルは満面の笑顔で受け取った。
「いいの?嬉しいなありがとう」
「クッキーを配ろうかと思っていたのだけど、全然足りないわ。思っていたよりも人が多いから……」
全員に行き渡るとは考えていなかったが、今大聖堂にいるだけの人数分も足りない。私の言葉に反応してイザーク様に持ってもらっているクッキーの入った籠を一斉に見つめた。
「じゃあ、子供達にだけ配ったら?今日の主役だしね」
「あっ、それはいい考えだわ。そうしましょう」
シリルはすぐに子供達を呼んでくれると、一緒にクッキーを配っていく。
行儀良く並んだ子供達はクッキーを渡すととても喜んでくれ、笑顔でお礼を言ってくれた。
「ありがとうございます、アイリーネ様」
「嬉しいです、ありがとうございます」
「わーい、クッキーだ」
それぞれクッキーを受け取るとすぐに食べ始める子もいる。孤児院の子供はすぐに食べ始め、教会に籍がある子はとっている子が多いようだ。
「教会の子達は実家から支援がある子も多いけど、孤児院の子たちは甘い物を食べる機会が少ないからね。この国は孤児院にも多くの費用を出していて、普段の食事でお腹が空くことはないと思うけど、お菓子類は違うから。国中の孤児院の数は多いし正直、食事だけでもかなりの費用だからね」
シリルからそう聞かされてそんな事情など、今まで考えていなかった事に恥ずかしくなる。
私はヴァールブルクにいた時もオルブライトになってからも毎日当たり前のように食卓には甘い物が出てきていた。それこそ家族だけでは食べられない程の量の時もある。
「ちなみに、貴族の家の残ったデザートとかは使用人達で分けているから無駄はないようになってるよ」
「……良かったです」
私の考えを読んでいるかのように、シリルは私の聞きたかった解答を教えてくれた。
まだまだ知らない事が多く神聖力だけではなくて他の事を学ぶ必要があるわ、と掌に力を込めた。
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