第128話 バザー②
「準備できたかい?」
そろそろ準備が終えただろうと、クリストファーはコーデリアの部屋の扉をノックした。
「ええ、お兄様入ってきてもよろしくてよ」
まるで淑女の話し方のようなコーデリアに苦笑いなるが、本人に知られれば怒るだろうなと、平然たる態度で扉を開けた。
「あれ?ローレンスも居たのかい」
「はい、兄上」
すでにローレンスは着替えを終えてコーデリアを迎えに来ていたようで、白の衣装に身を包んで立っていた。追悼の意が込められたバザーのため飾りは最低限にかつ王族としての品位を損なわない服装となっている。
同じくコーデリアも白いワンピースに身を包み、二人並ぶとデザインが対になっているようだ。
「普段は似てないと思うけど、そうやって並ぶとやっぱり兄妹だね」
「何を言っているのですか?お兄様も兄妹でしょう?」
「……そうだね」
回帰前は存在しなかった妹であるコーデリアも今ではすっかり我が王家に馴染んでいる。
ヴァールブルク公爵家に生まれたマリアの件があるため、生まれる前までは警戒されていたコーデリアだが、生まれると直ぐにその髪の色と神聖力の多さに驚かされた。妖精王の贈り物、そう呼べる程の圧倒的な存在だった。
そんなコーデリアもローレンスと共にすくすくと大きくなった。その妹と弟を危険だとわかっていながら送り出さなくてはならないのは、もの凄く歯痒い。
「そんな顔をしないで下さい、お兄様。必ず無事に帰ります」
「そんな事、当たり前だ。ローレンス、君もだよ。必ず無事に帰っておいで」
「はい!」
ローレンスは笑顔で返事をし、それを見ていたコーデリアもまた笑っている。
今回はコーデリアの嫌な予感が当たらなければいいのにと心の底から思う。
事の始まりはバザーへの参加を教皇に打診された日、急にコーデリアの身に起きた予兆ともいえる胸騒ぎから始まった。
バザーの話を聞いたコーデリアは嫌な予感はバザーに関する事に違いないと、バザーに出席することを決めた。父も反対したが、コーデリアの決意は固く考えを覆す事はできなかった。
その上、警備の都合やもしもの時を考えて王太子である私は参加する事が許されない。
こんな事ならやはり王太子を辞退した方が良かったのではないかと、後悔する。そうすれば、ローレンスが城に残りコーデリアを守る事ができたのに。
「まだ、何かお考えなのかしら?」
気付かぬ間に私の側でコーデリアが首を傾げてこちらを見上げている。
「……コーデリア」
呆れたような顔をしたコーデリアはクリストファーの手を両手で掴むと微笑んだ。
「そんな心配症のお兄様を一人になんてしませんよ。必ず帰ります、私達が信用できませんか?」
「……いや、信じるよ。待ってるから……」
そうだ、信じるよ。
それに、アイリーネが来ると言う事はユリウスもイザークも来る。教会にはシリルもいるし、リオンヌ様やリベルト様、もしかしたら赤髪の彼も。
今回の二人の護衛には父上が元騎士団長のアベルを付ける。
だからきっと大丈夫だ。
そうして、二人の乗った馬車を手を振って見送った。
♢ ♢ ♢
「教会のバザーですか?」
「ああ、お前も余計な事をしないなら一緒に行くか?特に用事もないだろう」
「行きたいです!いいのですか」
彼が言い終えるとすぐに前のめりになり、驚かれてしまう。
驚いた彼はすぐに表情を戻すと、今度は優しい眼差しでこちらを見ると髪に触れた。
「この髪の色は目立つから隠さないといけないがな」
そう言うとアルバート様は私の髪を眺めている。
きっと、あの愛し子を思い出しているのだろう。
愛し子が同じ髪の色だと知った時、私の髪を懐かしそうに見つめるアルバート様が、愛し子を想っているのだとわかった。
二人に接点があったかなんて知らない、だけどこの国に来たのはあの子の為なんだって思い知った。
だから何度も手を出すなと言われたんだ。
でも、いつもあの子は大事に護れている。
護衛の聖騎士もいつもいるし、他の人もあの子に付いているじゃない。アルバート様まであの子を護る必要があるのだろうか。
私の方が長い時間側にいるのに、こんなにも近くにいるのに。
それなのに
手を出せば斬るとまで言われた私とあの子は違う……
「カトリナ?どうかしたのか?」
知らぬ間に俯いていた私はハッとすると、上を向いた。
アルバート様の瞳は心配そうに見ていて、今だけでも私を心配してくれているのだと感じる。
そうですよね、アルバート様。
今この瞬間は私を心配してくれているのですよね。
「いえ、何でもありません。楽しみです」
「バザーと言いながら露店も出るみたいだから、何か美味い物でも食うか?」
「はい、食べたいです」
「じゃあ、支度して出発するぞ」
「はい」
慌てて自分の部屋に入ると小さな部屋の少ない荷物の中から比較的綺麗なワンピースを選ぶ。
素材は綿だが白いワンピースで教会で行われるバザーに着用してもおかしくないだろう。
くすんだ小さな鏡を見ながら外套のフードを被り苦笑いする。
「外套で中の服なんか見えないけどね?」
外套も黒は目立つため、落ち着いた茶色にした。
この国には色々な色の外套があり、これならば目立つ事も少ないだろう。
しっかりとフードが被れている事を確認すると、扉を開けて自分の部屋を出た。
すでにアルバート様は支度を終えて外へ向かう扉の前で待っていたため、慌てて近くに駆け寄る。
「お待たせしました」
「いや、急に言いだしたりして、かえって悪かったな」
「いえ、誘ってもらって嬉しいです」
「そうか?じゃあ行くか」
そう言って手を差し出すアルバート様の当たり前のようにエスコートする姿を見るとやっぱり貴族なのだと改めてそう思う。
ちゃんとわかっている。
私では身分が違う、だから高望みはしない。
「はい、行きましょう」
だけど今だけはと言い訳しながら高鳴る胸を誤魔化して、アルバート様の手を取った。
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