第127話 バザー①
起きてすぐにベッドから窓辺に向かい、カーテンを開け窓から空を見上げる。
「よかった、いいお天気だわ」
すでに日が昇った空は遥か遠くまで雲一つない、快晴であった。窓を明けると風も穏やでまだ気温も高くなく心地よい。
「アイリーネ様、そろそろ……」
「あっ、オドレイ」
寝間着姿のまま、窓辺に立つ私にオドレイは"まったく”というような表情をしたので、慌てて朝の支度にとりかかる。
支度が終わると食堂に向かい朝食を取ることにした。食堂にはすでにお祖父様とお父様が着席しているが、シリルの姿が見えない。
「あれ?シリルはどうしたのですか」
「シリルはすでに出発しましたよ」
「えっ!こんなに早くですか?」
「まあ、教会が主催のバザーだからな、シリルも準備が色々とあるだろうよ」
お祖父様にそう言われて、ふと考える。
いくらこの家で一緒に暮らしていても、シリルの所属は教会であり、その教会が主催するバザーなのだからシリルが準備から参加しないといけないのだと。
多分、教皇様もいらっしゃるはず、シリルは大丈夫かな?もう気にしていないと言っていたシリルだけど、そう簡単に切り替えられるわけもないだろう。
早めに準備を見に行こう、そう決めると手早く朝食を食べてて厨房に向かった。
「まあ、アイリーネ様。もうお召し上がりになったのですか?」
私がいつもより早く食べ終えた為、オドレイは驚いている。いつもなら、お父様達と会話を楽しみながらゆったりと食事するのだが、早く出発しようと急いだのだ。お父様達は少しだけ淋しそうに見えだが、代わりに夕食は皆でゆっくり過ごす事にしよう。
「さあ、オドレイ急いで作るわよ」
「準備は出来ていますよ」
「ありがとう」
結局、私はハンカチはバザーに出し、シリルの要望のあったクッキーは数枚づつの小分けにして参加してくれた人へ配る事にした。
色々な作り方があるクッキーだけど、オドレイが教えてくれたのはシンプルな物で、私でも簡単に作れるので早速取り掛かる。
側でオドレイが教えてくれるので、特に失敗することもなく無事オーブンへ入れ、オーブンの管理を料理長にまかせると、大聖堂へ向かう準備に自室に向かった。
オドレイと共に部屋に帰った私は早速着替える。
教会が行うバザーに合わせて白いワンピースにした。控えめについた胸元のフリルと裾からのぞくレースが可愛いワンピースだ。最近お父様に買ってもらったお気に入りだ。髪型は動きやすいように編み込んでもらい、着替えを終えた。
「もう、焼き終えているかしら?」
「そうですね、そろそろいいでしょうね」
オドレイと共に厨房に入ると甘いいい匂いがする。
料理長が焼き上がったクッキーを台の上に次々と載せている。厨房にあるオーブンを降る活動させて焼きあがったクッキーを少し冷めて来た物から小分け用の袋に詰めていく。
「出来た!あとは……」
袋に詰めたクッキーを並べるとクッキーに向けて手をかざした。
『祈りを捧げます、浄化の光を!』
私の手から白い光が放たれるとクッキーの上に降り注いだ。
私の持つ浄化の力をクッキーに入れる、これはシリルの提案でそうする事により闇の魔力を回避する事が出来るそうだ。人が多く集まる場所なら闇の魔力を悪い事に使おうとする者がいてもおかしくないとこのクッキーを配る事にした。
そうして迎えに来たユーリとイザーク様と共に馬車に乗り込むと大聖堂へと向かった。
隣に座るリーネを本人に気付かれないように見つめる。白いワンピースがよく似合い、髪も編み込んでいるせいかいつもより大人っぽく見える。
断罪された年齢に近付いて来ている、リーネが成長するたびに否応なくそう感じる。
回帰前とは色々違って来てはいるが、まだ気を抜くわけにはいかない。せめて断罪された年齢を無事に過ごす事が出来、黒幕の正体が明らかになり倒すことが出来ればリーネはその先の人生を安心して送れるだろう。
それにしても……
目の前のイザークを見るといつものように白い聖騎士の騎士服を着ている。いつも道理なのだが、リーネが白い服を着るとまるで揃えたようじゃないか。
自分も白にすれば良かったと少しだけ後悔する。
「ユーリ、どうかしたのですか?」
「ん?どうもしないよ」
「そうですか、それならいいです」
「………」
心が狭いと思われたくないのに、自分のちょっとした変化にも気付いてくれて、嬉しい。
笑いそうになる顔を必死で引き締めた。
♢ ♢ ♢
――準備は整った。
自分の掌を見つめ、意識を集中させると闇の魔力が溢れてくる。
教会に沢山の人が集まってきている、この大勢の人がどう反応してくれるか、慌てふためき逃げ惑うであろう姿を想像すると思わず笑みがこぼれそうになる。
ゆったりとした風が吹いている、空を見上げ呟いた。
「……いい天気だな」
「そうですね、午後からはもっと気温も上がるでしょうね。お客さん、搾りたてのオレンジジュースはいかがですか?お安いですよ」
いつの間にか隣にいる少年は首からかけた木製の番重にオレンジジュースを載せて販売しているようだ。
期待に満ちた目でこちらを見上げる少年に優しく微笑むと少年も笑顔を返した。
「では、一ついただこうか?」
「はい、毎度あり!」
少年に銀貨を渡すと嬉しそうにオレンジジュースを差し出した。
「ありがとうございました!」
そう言って笑顔で去っていく少年を見ながらオレンジジュースに口をつける。
「……搾りたてか……美味しいな」
上手くいけば生き残る事ができるだろうか、こんなに美味しいジュースがもう飲めないかも知れないと思うと残念だが、それも仕方がないことだ。
早く時間が経てばいいのに、と笑う顔は歪だった。
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