第126話 予兆
園遊会から数ヶ月が立ち、教会に魔獣モドキを引き入れた罪でフォクト公爵家は子爵家へと降爵となった。罰が甘いとの声も上がっていたが、聖女ミレイユの死という罰を既に受けているといった声が大半で爵位を降格することで事件は幕引きとなった。
同時に領地替えも行われ筆頭公爵家であったフォクト家は田舎ののんびりとした土地が与えられた。
フォクト夫婦はその田舎の領地で慎ましく暮らしており、王都に返り咲く事もなくその地に骨を埋めた。
王都にある大聖堂ではこの度聖女ミレイユを弔うためのバザーを開催することとなった。
ミレイユが闇の魔力により長年に渡り呪われて亡くなったことは人々には知られていない。
真実を知るのは一部の者だけで、アイリーネもまたこの事実を知らなかった。
だからこそ、強大な神聖力を持つミレイユの死を皆は嘆き悲しみ、彼女の魂を弔うためのバザーを開催することに至った。
「リーネはバザーに何を出展するの?」
「まだ、ハッキリとはしていないのですが、ハンカチなら刺繍をした物がストックでありますし、それを提出しようかなと思っています」
「えー、アイリーネ。クッキーにしようよ」
ユリウスとアイリーネの会話を聞いていたシリルが横から口を挟む。
「ほら、今日のクッキーも美味しいよ」
そう言いながらシリルはテーブルの上のクッキーを口にほりこんだ。
オドレイに教わりながら作ったクッキーはナッツが混ざっており、ザクザクとした食感もシリルは気に入ったようだ。
気がつけばクッキーの半分以上はすでにシリルのお腹の中であり、ユリウスも慌ててクッキーを食べる。
「あ、本当だ。美味しい、みんな喜んで買ってくれるよ」
「褒めすぎですよ、これぐらい皆作れますよ」
「そんな事ないのになー」
「シリルはクッキーが食べたいだけでしょ?」
「えっ、違うよ。本当に美味しいのに」
少し拗ねたシリルだが、その手の中には既にクッキーがありユリウスも呆れてしまった。
「イザーク様……」
「アイリーネ様、どうされましたか」
アイリーネはイザークに掌を見せるように促すと、イザークの手の上にラッピングされた者が乗せられた。
「これはなんでしょうか?」
「イザーク様の分のクッキーです」
「私の?」
「シリルが沢山食べるのでイザーク様の分は最初から除けていたのです。正解でしたね」
「……ありがとうございます」
本当はシリル達と同じように食べてみたいと思っていたイザークだったが、そんな素振りも見せずにいた。
まさか、アイリーネ様に本心を気づかれた訳ではないよなと少々焦りはしたが、またしてもそんな素振りは見せなかった。
「ありがとうございます、アイリーネ様」
自分のために用意してくれていた、その気持ちだけで嬉しいとイザークはクッキーを眺めて微笑む。
貰ったクッキーを大事に味わいながら、食べる事にしたイザークであった。
♢ ♢ ♢
「嫌な予感がするの、ローレンス。どうしよう」
「コーデリア?」
「どうしてだろう、胸がザワザワして落ち着かない」
「医師に診てもらう?コーデリア」
自分の胸に手を当て苦しそうにしているコーデリアにローレンスは慌てて近寄った。
「違うの!そうじゃなくて……そうだわ、陛下。お父様の所に連れて行って!」
「――わかった、待っててコーデリア」
不安そうに俯くコーデリアを落ち着かせ、侍女に伝言を頼む。至急、父の元に向かえるように手筈を整える。
部屋の中はシンと静まり返っていた。
王の執務室では白い法衣に身を包んだ教皇が訪れソファに座っている。
教皇はやや緊張気味に紅茶を一口啜ると、喉が潤い少しホッとしたようで緊張が緩まる。
「バザーの話だったか?」
「はい、そうです。……それで……お願いがありまして……」
「お願い?」
教皇の言い方からすれば、何かしら言いにくい事ではないかと王は眉根をひそめる。
その王の様子に再び緊張感が高まり、教皇は額の汗を拭った。すでに夏は訪れており、ただでさえ法衣を纏った教皇暑さを感じていたが、緊張感の中更に暑さを感じる事となった。
「は、はい。実はバザーに第二王子と王女様をお招きできたらと思いまして……」
「何?」
王の機嫌を更に損ねる結果になった教皇は汗が止まらずに、喉の渇きに耐えかねてぬるくなった紅茶を一気に飲み干した。
教会でのローレンスとコーデリアの人気は絶大だ。
光の魔力を持つローレンスと神聖力が高いコーデリアは妖精王を信仰する教会では神聖な者として崇められている。
それ故に強い力を持った聖女が亡くなり不安に思う民の為、王子と王女の人気に目をつけたのだろう。
「それは、そなたの意見か?」
「……教会の総意です……」
「………」
この教皇は保守的であり、直接王城までやって来てこのように頼みごとをするなど、らしくない。
しかし、民が不安に思っていることは事実で、間違っている事を言っている訳ではない、さてどうしたものかと王は返答を控えた。
「――本人達の意思にまかそうか」
「殿下達のですか?」
「いくら子供だと言ったも本人達にも意見があるだろう、それを尊重してやりたい」
「わかりました、ありがとうございます」
教皇は深々と頭を下げると、王に感謝を述べた。
教皇は二人がバザーに出席するのは期待出来るだろうとホッとする。このバザーには愛し子も参加する、コーデリアが愛し子と親しい関係である事は有名だ。
だからこそ、コーデリアは参加するだろう、とそう考えた。
間もなく執務室の扉がノックされ、ローレンスの伝言が侍女により王へ伝えたられると、王は執務室をあとにして二人の元に向って行った。
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