第124話 ある日の夕食
部屋の中に笑い声が広がる。
「笑い事じゃないぞ、クリス」
「ごめんごめん、でもそんな事で機嫌が悪いユリウスが面白くてね」
目の前で笑うクリスに再びムッとしてみせるも、クリスはまだ笑みを絶やさない。
「いくら防音が施されていてもそんなに大口を開けて笑っていいのですか、王太子殿下」
学園内の敷地にある寮のユリウスの部屋では、授業を終えたクリストファーが訪れていた。
少し嫌味な言い方にクリストファーは今度は苦笑いとなる。
「ごめん、ユリウスにとっては真剣な話だったね」
「………」
先日起きたリーネの一件でクリスに愚痴を聞いてもらった、すると大笑いをされたのだ。これは俺が怒っても仕方がないだろう、とチラリと横目でクリスを見る。
流石にクリスも笑いすぎだと自覚したのか、眉を下げて俺の言葉を待っているようだ。
「……もう、いいよ」
「でもさ、ユリウス。いい傾向なのじゃないのか?」
「これが、いい傾向だと言うのか」
「ああ、シリルから聞いた話だとユリウスの事を意識しているからこそ、他の人も試したって事でしょう」
「……だといいけど、それでも俺を選んでくれると保証はないしな。もしかしたら、イザークの事を選ぶ可能性もあるだろ」
「……まあね、二人以外もあり得るよね」
「以外だと!」
ユリウスに詰め寄られ、あまりにも必死な形相に驚きクリストファーは後ずさった。
ユリウスはアイリーネ以外の事は優秀なのに、彼女の事となるとどうしてここまでポンコツになるのだろうかと不思議でならない。
エイデンブルグでの記憶がないアイリーネにとっては、しがらみも無く誰を選んでもおかしくない。
確かに深窓の令嬢には出会いはそう多くない、しかしアイリーネは愛し子という存在で教会にも通っているし、友達同士のお茶会にも参加している。誰かが本気でアイリーネに接触しようと考えるならば、行動範囲を把握すれば難しい事ではないだろう。
「クリスから見て俺はどうかな」
「どうって……」
「魅力ないだろうか」
冷たいところがカッコいいなどと令嬢に人気のユリウスがこんなにも自信がないだなんて、と思わず笑いそうになるがそれでは先程の二の舞いになるて口元を引き締めた。
「いや、魅力あると思うよ。前世の記憶がないアイリーネは中身は大人な私達とは違う。そこはさユリウスが待ってあげないとね」
「……まあな、ありがとうクリス。それでクリスも俺に話があったんだろ?」
「……ああ、実は――」
クリストファーは先日起きた王宮内の出来事を思い出していた。
特別な日でも何でもない。ただ何となく今日だっただけだ。
クリストファーは久しぶりに家族全員で夕食を取っていた。園遊会から舞踏会、その後始末で国王であるジラールは忙しく家族全員が揃うことがなかったからだ。
夕食はコーデリアの好物で子羊の煮込み料理だ。トマトや他の野菜と共にとたっぷりの入れたハーブがよく効いていて、美味しそうに頬張っている。
そんな光景を微笑ましく思い料理を食べながら今日話してみよう。ふと、そう思ったのだ。
デザートを運び終えた使用人を下がらせてもらい、家族とアベルのみが食堂に残った。
「どうしたのだ、クリストファー。何かあったのか?」
「いえ、前々から考えていたのでたまたま今日だっただけです」
「そうなのか?一体どうしたと言うのだ」
そう、改められると緊張するなと皆の視線を受けながら一呼吸置く。
それから、意を決して自分の意見を述べる事にした。
「父上、いえ陛下。実は王太子の身分を返上したいと思っているのです」
「――なっ!」
父上は目を見開き驚いており、次の言葉を紡げない。
母上は手を口元に当てて青ざめている。
ローレンスはデザートを食べるスプーンを机の上に落とすと呆然としている。
コーデリアは……一番行動が読めなかったが、デザートのシャーベットを食べながらこちらを見ている。
うん、大体想像していた通りの反応だ。
だからこそ、父の次の言葉も概ねそうだろう。
「何故だ。理由を聞かせてほしい」
「理由は簡単です。私よりも相応しい者がいる、ただそれだけの事です」
ローレンスを見ると、ローレンスは肩をビクリと動かして俯いた。
誰を示しているのか明らかである、故にローレンスへと視線が集まるのも無理はない。
「相応しいか……お前の思う王とは光の魔力を持つ者だけなのか?ならば、余も王の器ではないな」
「なっ!」
父の予想外の言葉に思わず言葉を失った。
自分自身を否定しただけなのに、それが父をも否定する事になるとは思わなかった。
「ち、父上と私は違います。光の魔力を扱う者が王家に生まれるのは数百年ぶりですし、だからこそローレンスが王の座を継ぐべきだと思うのです」
「ならば、余もすぐにでも引退して譲るべきだな」
「「父上!」」
父の言い分にローレンスと声が揃い、ローレンスを見る。泣き出しそうなローレンスを見ていると自分の考えが正しいものであったのかと、不安にかられグッと押し黙った。
「光の魔力を持つ者が王座に座ったのは初代国王だけよ」
「コーデリア?」
「初代は特別だったからね。光の魔力を持つ者はね、正しく生きる事を義務づけられるの、だからこそ王には向かない」
「……」
「何故ならば、王は暗躍する時もあるものね?」
「コーデリア……父の事を悪者扱いするのか?」
コーデリアの言葉に父が少し悲しそうな顔をするが、コーデリアは気にする様子もなく続きを語る。
「とにかく、光の魔力を持つ者は王には向かないの、わかった?それにね、ローレンス自身も望んでいない、そうでしょ?ローレンス」
俯いたままでいたローレンスは上を向くと斜め前に座るクリストファーを見つめた。
暫くの間、無言でいたがコーデリアに促されてようやくローレンスは重い口を開いた。
「私は兄上が相応しいと思います。私には荷が重い、王太子など望んでいません」
「ね、望んでいない者に無理やり王冠を被らせるつもりなの?それこそ、民を想っていないじゃない」
「皆、望んでなる者じゃないだろ、いまはそうでも――」
「では、お兄様も王になるのは嫌なの?」
「……嫌というか……」
自分は相応しくない、そう思っただけだ。
回帰前は闇の魔力に操られた、得意な剣でも一番ではない。そんな私に民はどう思うだろうか、光の魔力を持つローレンスの方が支持される、そう思ったのだ。
「民を想えるか、国として重要な場面に判断できるか、正常に国を運営できるか……必要な事はお兄様に充分備わっていると思うけど?」
「――っ!!」
コーデリアの言葉が単純に嬉しい、小さな妹の言葉がこんなにも胸にしみるだなんて。
思わず感動してしまい、反論できない。
口をひらけば泣いてしまいそうなぐらい、胸が一杯だ。こんな筈ではなかったのに、もっとスマートに返上するつもりだったのに。
「コーデリアの言う通りだ。クリストファー、お前には王の器が充分に備わっている」
「あっ……」
ずっと凍っていたような頑なな自分の考えに温かい何かが染みたみたいで、クリストファーの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
認められたかった――
言い訳しながら認められないのなら、手放そうとしただけなのかも知れない。
弱い自分を理解したつもりで放棄しようとしたのかも知れない。
だけど、全ては誰かに認められたかったのかも、そう考えると笑えてくる。
だけど、許されるのならば王太子と言う役を最後までやりきりたい、そう思えてきた。
「私で……私でいいのですか?陛下」
「当たり前だ。相応しくないなら、とっくに返上させている。余は父である前に王だ」
なるほど、確かにそうだ。
父上は王だ。
だからこそ、父の言った言葉は真実味を帯びる。
コーデリアがデザートをおかわりと言い、皆は笑いに包まれた。
そうして、ある日の夕食は終えたのであった。
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