第123話 香気
私を抱えたまま部屋の中に入ったユーリはソファに私を降ろした後、飲み物を準備してもらうと言いオドレイの元に向かった。
ユーリから離れて、私は考える。
あの時、ユーリからいい香りがすると、ずっとこうして一緒にいたいと思ったのだ。安心すると言えばいいのだろうか、ここが自分の居場所だと思えるほど。
実際に離れた今は心もとない。だけど、同時に落ち着かない自分もいた、ドキドキして落ち着かなかったのだ。
ユーリからするいい香りはユーリだからなのか、違う人だとどうなのだろうか?
そう思った私はある行動を試してみる。
別のソファに座るシリルの隣に座り直すと、シリルのフワフワとした柔らかそうな髪に自分の鼻を近づける。
「えっ?何?アイリーネどうしたの」
「シリル大丈夫だからじっとしてて」
急に近づく私にシリルは驚き距離を置こうとするが、私はそれを許さない。
シリルの腕をしっかりと掴み距離を近づけると再び髪に鼻を近づけると息を吸い込んだ。
うん、甘めの香り、シリルにピッタリだわ。
だけど甘ったるいわけじゃなくて、例えるならばそうアルアリア・ローズのように神聖だと感じる。
落ち着くし好きな香りだ、だけど先程と同じようにドキドキはしない。
「ちょっと、勝手に僕の匂いを嗅いでおいて、何か違うなみたいな顔止めてよね!」
「!!」
シリルには私の考えはわかっているみたいで、恥ずかしくなり顔を赤らめる。
「ちゃんと話してみて」と言うシリルに私は自分の感じたままの感情を話した。
「成る程ね、好きな香りでもドキドキするとか、しないとかが違うと言いたいんだね。それがユリウスだけに対してなのか気になったと……」
そう言うシリルに私はコクコクと頷いてシリルの反応を待った。何でも知っているシリルなら、いいアドバイスがあるかも、そう期待に胸を膨らませた。
「じゃあ、イザークなら?」とシリルは目を輝かせた。
「イザーク様?」
窓の外を眺めるイザーク様は今日も聖騎士の騎士服を纏っている。黒い髪と白い騎士服が対称的だがイザーク様によく似合っている。洗練されているというのだろうか、見慣れているはずなのにいつもハッとするぐらい、イザーク様の為に誂えたような姿だ。
「僕とアイリーネは家族みたいなものでしょ?だったら、それ以外の人を試さないとね。それにイザークを護衛としてではなく、異性だと考えてみたらまた違ってくるかもよ」
シリルの言う事はわかる。しかし、「イザーク様の香りを嗅がせて下さい」なんてお願いできない。
「イザークは今、窓の外に集中している。だから、後ろからそっと近づいてみればいいよ」
「でも……」
「アイリーネ、実際に試してみないとわからないだろう?」
「………」
ポンと肩を叩かれて、私は力強く頷いた。
そうして窓の外を眺めるイザーク様にそっと近づいてみる。
シリル様から言われたクラーラの私への伝言。
伝言を聞いて彼女があの小説の作者だと知った。
言われてみれば、所々実際とは異なる場面はあるものの全体を読んでみれば確かにエイデンブルグに関わる者が書いたとわかる。
それにあの小説に悪意は感じられない。
だからこそ、これだけ年月が過ぎても大勢の者に読まれているのだろう。
イザークは目を閉じた。
今の自分が体験したわけでもないのに、エイデンブルグでの想い出は鮮明に残っている。
特にアレットに関しては彼女の声も仕草も何気ない言葉でさえ忘れることはない。
彼女の体温も香りも手の感覚さえ忘れる事ができずに自分を保っていなければ、どちらが現実か間違うほどだ。
たとえ、生まれ変わったとしても、すでにそれは別人でありアイリーネ様には違う人生がある。
ただ、口には出せないがもしもアイリーネ様にも前世の記憶があればどうなっただろうか、と思わなかった事もない。
そう思っては、結局過去の罪を思い出し、自分を戒めて終えるのだけれども……
イザークは目を開けて自虐気味に笑うと、ふと近くに人の気配を感じた。
気配の先にはアイリーネとその後ろにはシリルが立っていた。
「アイリーネ様?」
「あっ、えっと……その」
何か話があるのだろうか、と一歩近づいてみる。
「アイリーネ、今だよ」
「でも……シリル」
「もう、仕方ないな!」
シリルはそう言うとアイリーネの背を押した。
「キャッ」と小さく叫んだアイリーネはシリルに突き飛ばされた形となり、思わず前のめりになる。
「アイリーネ様、危ない!」
イザークに受け止められ、アイリーネはイザークの胸に抱きついた。
護衛ではなく異性だと意識をしてしまえば、当然のように胸の鼓動を感じるし体温も高くなるようだ。
こんなに近くては緊張してわからないわ。
今まではずっと一緒に居る護衛のイザーク様としてしか思っていなかったけれど、改めて異性だとして見るイザーク様は本当に素敵だから、特別好きでドキドキするのかわからない。
私を見つめるイザーク様の青い瞳は私の考えなど知りもせずに心配そうに見つめている。
自分に下心があるようで、ちょっとだけ罪悪感を覚える。
シリルが私を押したりするからよ、シリルのバカ。
シリルを見てもまるで悪戯が成功して喜んでいるような子供みたいな顔で笑っている。
アイリーネはイザークの胸の中でムッとするとシリルを睨みつけた。
「お待たせ、ちょうどオドレイがクッキーを……」
ガチャと部屋の扉を開けてきたのは、休憩用にティーワゴンを運んで来たユリウスでこのあと、部屋の中の温度が下がった事は言うまでもない。
「………何やってるの?」
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