第122話 まだ見ぬ何者か
ミレイユが亡くなった、そう聞いた時は嘘だと思った。あのミレイユだぞ?そんなはずがないじゃないか、とそう思っていた。
だけど実際にミレイユの葬儀に参列し、自分の考えが間違っていたと気付いた。
柩の中で微笑んでいるミレイユを見ると、まだ傲慢ではなかったミレイユが浮かんできた。
「………ミレイユ」
確かに最近の君に私は嫌気がさしていた、煩わしい時には記憶を操作したりもした。だけど、決して君に死んでほしかったわけではない。
君を捕まえるためにローレンス殿下の手伝いはしたが、それは君が愛し子にした罪を償ってほしかっただけ、他意はない。
それなのに、どうして……
エルネストはミレイユの眠る柩にそっとアルアリア・ローズを供える。聖女に相応しいと言えばアルアリア・ローズである、故に眠るミレイユの周りは沢山のアルアリア・ローズで白に埋め尽くされていた。
アルアリア・ローズに囲まれて眠る君は童話に出てくる姫君みたいで、自分の事をアレットだと勘違いするのもわからなくはない。
私の送ったプレゼントで昔の自分は取り戻せたのかい?君は思い出して満足したのかい?そうではなかったら、こんなに穏やかじゃないよね。
ミレイユはどうして亡くなったてしまったのだろう、持病のない公爵令嬢の突然の病死。公にはされていないが、地下牢に収容中に亡くなったのだ。だが、いくらミレイユが罪人であっても拷問などはこの国ではありえないだろう。
カーンカーンと教会の鐘は鳴る。
筆頭公爵家の令嬢で神聖力の高い聖女であるミレイユの葬儀は大聖堂で行われている。
大勢の人がミレイユのために集まっている、その人々に見送られミレイユの葬儀は終わりを迎えようとしていた。
色々な事を考えている内にミレイユが土の中へ埋められていく。ミレイユの母であるフォクト公爵夫人がまだ受け入れられないのか、地面に泣き伏せている。
いつも社交界の中心にいる公爵夫人は別人のように窶れていた。
公爵夫人の兄である宰相、つまり私の父が慰めているが、ここにフォクト公爵はいない。公爵は教会に魔獣モドキを引き入れた罪で捕まった。
これからフォクト公爵家は没落していくだろう、ミレイユに兄弟はいないし、何より公爵本人が捕まった。夫人の面倒は父が見ることになるだろう。
いつかはミレイユは身を滅ぼす、そう思っていたけれど実際はこんなにも呆気ないことなのだな。
ただ、虚しさだけが残ってゆく。
まだ、春が訪れたばかりなのに、少し肌寒い。
♢ ♢ ♢
リーネの膝の上に見慣れぬ猫がいる。
なんだこの太った猫は。我が物顔でくつろいでいるじゃないか。
閉じていた目を薄く開けるとこちらを見て、笑っているように見える。猫がする顔ではない、明らかに小馬鹿にした笑いである。
クラーラの一件の後、オルブライトの屋敷に訪れたユリウスは当たり前のようにそこにいる猫に驚いた。
いくら庭だと言ってもまるで自分の居場所のように寛ぐ猫に何様だと問いたい。
「その猫はどうしたんだ、リーネ」
「この猫はカルバンティエ様が体を借りた猫です」
「体を借りる?」
どうやら、クラーラを浄化する際にカルバンティエ様が猫の姿でやって来たそうだが、何のために体を借りてまで来たのだろうか。
「そのままの姿じゃ人間に影響がでると困るからね」
と言うシリルにとっては不思議でも何でもない事のようだ。
「影響ってどんな?」
「光も闇も、ううん神聖力も魔力も強すぎると人は耐えられないだろう?彼らは生身で会うには危険だから夢の中ならまだしもね。神託も短時間で行われているし、だから猫の体を借りたんだよ」
「借りられた猫は大丈夫なのか?」
「中身を少し移しただけだから、大丈夫だよ」
ふーん、と取り敢えず相槌を打ち納得する振りをする。
膝から猫を降ろしたリーネが離れた隙にシリルの耳元でこっそりと問う。
「なあ、猫の姿を借りてまでここに来たのはそれだけ危険だったからなのか?」
「そうだね、ユリウス達も危なかったし、防御壁が壊されたこの家も危険だった。万が一の時に備えて姿を見せていたのだろうね」
自分も魔法を使う、だからこそ目に見える物が全てではないとわかっている。それでも、クラーラがそれほどまでに深刻な状態だとは思わなかった。
あのままクラーラが体に留まっていたなら、今この場にいなかったかも知れないなんて。
それにまだわからない事がある。
クラーラが急に前世の記憶を思い出した事と誰が呪いをかけていたのかだ。
「……なあ、クラーラはあの時どうやって前世の記憶を取り戻したんだと思う?それから、誰が呪いをかけたのか……」
「……正直言って、わからないな。呪いにしてもジョエルに気付かれない程の能力となると検討がつかない」
「……そうか……」
「それよりも!アイリーネがもう何日も休憩を挟まずに訓練ばかりするんだよ!前にリオンヌ様にも注意されたのにさ!まったく!」
リーネを見ると神聖力を掌に集中させては、放つといった一人でできる訓練をしているようだ。
「……もしかして、ずっとか?」
「リベルト様がアイリーネを庇って怪我をしたから、責任を感じたのだろうけど……」
シリルの言葉を聞き、ユリウスはよしと立ち上がった。集中しているアイリーネに気付かれないように近づくと、その手を掴んだ。
急に手を掴まれて集中が切れてしまったアイリーネは邪魔をされたと頬を膨らませてユリウスに怒る。
「あっ、ユーリ。邪魔をしないで下さい」
「……邪魔ね……何事もやり過ぎはよくないよ?」
「でも……もっと能力を使えるようにならないといけないのです!」
「………」
無言で私を見下ろすユーリは見慣れないから、実際の時間よりも長く感じる。
いつも、私の前ではこんな無表情な顔はしないユーリなのに、整っている顔とシルバーの髪が無表情に加わると少しだけ怖い。
それでも私がもっと努力しなくてはいけないのは、当然の事だから私も引くつもりもない。
無言でため息をつくユーリに思わず俯きそうになるけれど、グッとこらえた。
「そんなリーネはこうだ!」
「キャッ!!」
そう言ったユリウスはアイリーネを縦抱きにすると、家の中に連れて入る。
「お、降ろして下さい!」
「いやだ、強制的に休憩しないと休まないだろ?」
こんな小さな子供みたいに抱きかかえられて恥ずかしい、それにユーリからはとてもいい匂いがする。
最近はこんなにも近づく事もなく、だからなのか爽やかで懐かしい香りがした。甘さもあるけど、スッキリとした花のような香り、そんな香りを堪能している自分にハッとして更に恥ずかしくなった。
絶対に顔が赤いはず、だけどユーリは何にも言わない。
ただ、ユーリの満面の笑顔がすべて私の考えは「お見通しだぞ」と物語っているようで、抵抗をやめた私はユーリの肩にそっと顔を埋めた。
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