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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第120話 浄化の先へ

「もう、止めて下さい」


 アイリーネはバルコニーに出ると黒い物体を見上げて大きな声で叫んだ。

 シリルが修復した防御壁を再び叩いていた黒い物体はアイリーネの言葉が理解できたのか、動きを止める。



「この家に何か用があるのですか?あなたの衝撃でお祖父様が怪我をしたのです。危険な事は辞めて下さい」

「ク、ク……ララ」


 黒い物体は動きを止めると言葉を理解しているだけではなく、声を出し何かを訴えているように見える。


「ククララ?」

 

 どういう意味だろうかと首を傾げていると、いつの間にか近くに来ていた猫の姿のカルバンティエが足元で呟いた。


「……自分の名を呼んでほしいのだろう。クラーラと呼んでほしいのだろう」


 黒い物体を見つめるカルバンティエの眼差しには、慈愛、哀愁、憐れみといった異なる感情が入り混じり複雑な表情をしている。

 このあとの結末がわかるシリルにはその表情は理解できた。カルバンティエにとって闇の魔力を纏う者は我が子も当然、例えそれが自らの意志で闇の魔力に関わったわけではなかったとしても。


「クラーラ?あなたはクラーラと言うのですか?」


 顔は真っ黒でわからないが、こころなしか喜んでいるように見える。

 動きを止めている今か頃合いだとばかりにカルバンティエがアイリーネを促した。


「愛し子……私の頼みを覚えているな?」

「はい、浄化ですね」


 

 アイリーネは両手を空に向けてかざし、深呼吸すると浄化の呪文を唱える。

 能力の使い方も随分と慣れ、意識を両手に集中させた。

 


『祈りを捧げます。この者を浄化せよ、お願い!』



 祈りを届けたアイリーネの手に白い光が現れると、小さな光は瞬く間に眩しくて目が開けていられない程大きくなった。

 

 黒い物体は白い光を纏うとゆっくりとウロコが剥がれるように、闇が落ちていく。何重にも重なった闇はポロポロと剥がれていくと中から少女の姿が現れた。



「女の子が……」


 茶色の髪と瞳を持ったそばかすのある少女はアイリーネの前でお辞儀をする。


『あたしを救って下さり、ありがとうございます』


「あなたの名はクラーラ様と言うのですか?」


 クラーラはゆっくりと頷いた。

 クラーラは再び出会えた喜びを伝えたかった。しかし、今のアイリーネには前世の記憶がない。

 

 それにアレットにとって前世は楽しい想い出だけではなかった。特に断罪されたという事実を知ればアレットは苦しい思いをする。

 アレットが嫌な思いをするぐらいなら、自分の事も覚えていなくていい、クラーラはそう思った。



『……あたし……謝らなければいけないことが、沢山あるんです。あたしのせいで傷ついた人が一杯いるんです。でも、もう時間がないみたい……』

「時間がない?」


 クラーラには残された時間がなかった。

 他の者とは違い長い年月を闇に支配されていた体も、もう使い物にはならない。

 ミレイユとして生きていた大半が乗っ取らているかの如く闇に支配され、元々闇属性を持たないミレイユの体は酷使された状態であった。

 ミレイユとしてもクラーラとしても生きていく術がない。



『もう……行かなくては……』

「どこに……」


 バルコニーの柵に飛びのったカルバンティエは優しい目でクラーラを見た。


「さあ、もう行くがよい。そなたも眠りにつくがよい」


 クラーラは頭を下げると満面の笑顔を見せた。


 空が白み始め日が登ろうとしている。 

 夜の闇は終わり一日が始まろとしている。


「そなたの旅立ちの時だ……」


 

 カルバンティエの言葉と共に小さな光の粒子がクラーラの全身に現れた。

 段々と半透明になっていく体はティエルの時と同じでアイリーネはその結末を思い出しハッとした。



「もしかして……消えちゃうのですか?」

「アイリーネ、大丈夫。ティエルも言っていたでしょう?帰るんだよ、また会う日に備えて休むんだ」

「シリル……」



 クラーラの体は日の光に当てられて、より一層と輝いている。

 思わず「綺麗」と呟いたアイリーネをクラーラは嬉しそうに見た。



『シリル様……イザーク様に勝手に物語を変えてごめんなさいと伝えて下さい』

「……わかったよ、伝えておく」

 

 そうして言い残すことはないと満足気な顔をしたクラーラは完全に消えていった。


「シリル、最後の言葉何の事だかわかったの?」

「……うん、大丈夫だよ。ちゃんとイザークに伝えるよ」


 まあ、伝えた時のイザークの反応も想像できるけどね、とシリルは苦笑いした。



 ではそろそろ帰るとするか、と猫のカルバンティエは室内に戻った。


「カルバンティエ様はどうやって来たのですか?」

「この家の庭にいたこの子の体を借りたのだ。僕が帰ればただの猫に戻るから心配ないよ」

「また、会えますよね……」

「ああ、また会おう」


 カルバンティエがそう言った途端、ただの猫になった太めの猫は、驚いたように廊下に出ていくと走り去っていった。


「無事に終わったのかな?」

「まあ、一応?」

「そうですね、片付けがありますがね……」


 ため息をつくリオンヌに怪我が治ったから、こき使ってくれと豪快に笑うリベルトに釣られて、早朝だというのにオルブライトの屋敷では皆で笑った。



 今日もまた一日が始まる、もっと神聖力を使いこなせるように頑張ろう。

 アイリーネは心の中でそっと誓っていた。 




 



 

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