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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第119話 虫の知らせ

「う、ううん」


 何だか寝苦しくて、目が覚める。まだ、夜明け前で部屋の中は暗闇だ。

 やけに苦しいと思ったら、暗闇に目が慣れると自分の胸の上に何かが乗っているのがわかる。不思議と怖いと思う事もなく、ジッと見つめるとその物体の全貌が見えてきた。



「………猫?」


 私の胸の上には猫がいた。黒く長い毛並みのやや太めの猫は私を見て口角を上げる。


――猫が笑っているの?


 アイリーネが起き上がると猫は床へと飛び降りてこちらを見上げた。


「久しいな、オチビちゃん」

「私はオチビちゃんでは……猫がしゃべった!!」

「ん?そこに驚いたのかな?」

「あっ、その声はもしかしてカルバンティエ様ですか?」

「……時間がないな、備えよ」


 カルバンティエが言い終えると同時にドンと大きな衝撃音と共に屋敷全体が揺れる。ベッドから起き上がり立っていたアイリーネが立っていられずに思わず床に座り込んでしまう程、強い衝撃だった。



「な、なんでしょうか?地震?」

「いや、自然災害ではない。その証拠に攻撃を受けているのは、この家だけだ」


 焦る私とは対称的に猫の姿をしたカルバンティエ様は堂々と立っていた。

 カルバンティエ様が猫の手でバルコニーに出るガラス戸のカーテンを開けると街並みが見えるが、確かに静寂に包まれていて、どの家も明かりが灯る様子はない。



「アイリーネ、大丈夫!?」

「シリル!」


 アイリーネを心配し、部屋にやって来たシリルは見知らぬ猫に警戒すると眉根を寄せた。


「何、その太った猫?」

「そなたは妖精王の秘蔵っ子か」

「あたたは……闇の妖精王」

「……その呼び名は人間がつけた呼び名だ。好きではない、カルバンティエと呼んでくれ」

 猫のカルバンティエは全身の毛を逆立てて言った。


「では、カルバンティエ様。これは一体どうしたのですか」


 カルバンティエの見つめる先を目にしたシリルとアイリーネは驚いた。

 シリルが屋敷全体に張っている防御壁にぶつかる何かがいた。その何かは真っ黒でドンドンと叩いており、まるで中に入れてくれと懇願しているようにも見えた。

 叩く黒い何かは人の両手にも見え、ただの黒い影ではなく意思を持っているようだ。



「あれは……人なのですか?」

「今はまだ……ね」


 アイリーネの疑問にカルバンティエが答える。黒い何かを見つめるカルバンティエの瞳は悲しそうに見える。


「愛し子……僕の願いを覚えているかな?」

「多くの人の浄化ですか?」

「うん、まずはあの子を助けてあげてほしい」


 わかりました、そう答えようとしていた矢先に防御壁が壊れる。


「しまった!!」


 シリルの言葉が掻き消される程の強風がアイリーネ達を襲うと、窓ガラスは割れた。室内は突風で荒れ家具は倒れ、物は渦を巻き宙に浮いている、更にはアイリーネは吹き飛ばされた。


「アイリーネ!」


 シリルの伸ばした手を必死で掴もうと手を伸ばしたがあと僅かな差で届かない。壁にたたきつけられる、そう覚悟して目を閉じた。


 衝撃はあったものの痛みはなく、温かい何かに包まれているようだ。そっと目を開けると赤が目の前に広がる。


「お祖父様?」


 目に入った赤はリベルトの髪の色でアイリーネを抱きしめながら床に倒れていた。


「……怪我はないな?」

「はい、お祖父様も……」


 お祖父様も怪我していないですね、そう続けるはずがリベルトの背を目にするとアイリーネは悲鳴をあげた。その背には大きなガラスが突き刺さり血が流れ止まる気配はない。

 リベルトが打ちつけられた壁には擦り付けられた血の跡があり、本来なら自分が同じ目に合っていたのだと顔色を青く染める。


「……大丈夫だ。心配するな」


 誰が見ても痩せ我慢だとわかる大怪我なのに、リベルトは微笑んだ。治癒をとシリルを見るも、シリルは防御壁の修復で手が一杯だ。

 

 どうしよう!どうしたらいい?

 どうして私には治癒の能力がないのだろう。

 誰かが怪我をしても治す事も出来ない。


 アイリーネは涙をこぼしながら、リベルトの背に刺さるガラスを除去する。大きなガラスは深く突き刺さりなかなか抜けずにいた。



「……アイリーネ、怪我をする。辞めておけ」


 今なお止まらぬ傷口からの出血にだんだんとリベルトの息があがってきた。自力で動けない程の大怪我にもかかわらずリベルトはアイリーネの心配をする。



「大丈夫です、大した事ではありません」


 そう言ってアイリーネは再び背に刺さるガラスを抜こうと悪戦苦闘する。



「アイリーネ?」


 ガチャリと扉を開けて入ってきたリオンヌの姿にアイリーネは歓喜した。


 そうだわ、お父様がいた。お父様なら治癒の能力が使える。そうすれば、お祖父様も治るはず。



 リオンヌは衝撃が起きた後、アイリーネの様子を見に行くと言ったリベルトと別れ、外の様子を見に行っていた。外を眺めても他の屋敷には被害がないようで静寂の中で何かを叩く音だけが響いていた。


 上を見上げ、愕然とする。

 黒い何かにより今にも防御壁が崩れそうだ、慌てて家の中に入るとアイリーネの部屋を目指した。



 アイリーネの部屋から聞こえた物音と悲鳴に血の気が引く。

 扉を開けて目の前に広がる惨劇に目を見開いた。

 血に塗れ倒れている父に泣いているアイリーネ。

 慌ててリベルトの側に駆け寄ると手をかざした。


 ふと園遊会での父の言葉が頭をよぎる。


「一度に救える人数は限られる。選ばなくてはダメな時もあるだろう。もし選ばなくてはいけないのなら、年寄りの俺を選ぶなと言いたかったんだ」



 大丈夫だ、今怪我をしているのは父だけ。

 私は間違えていない。今はその時ではない。



『祈りを捧げます。この者の傷を癒せ!』


 リオンヌが祈りを捧げる呪文を唱えるとその手からは白い光が輝き出した。

 リベルトに刺さるガラスを押し出すように癒える傷は光が輝きを失う時にはすっかり元通りに癒えて戻っていた。



「リオンヌ……すまないな……」


 沢山の出血のためかまだ横たわったまま、リベルトは弱々しく呟いた。


「お父様、お祖父様は私を庇って怪我をしたのです」


 必死になってリオンヌに打ち明けるアイリーネにわかっていると頷いて見せると父に礼を述べる。



「父上、アイリーネを助けて頂きありがとうございます」


 

 言葉には出さないがフッと笑ったリベルトは目を閉じると穏やかな寝息を立てていた。

 リオンヌとアイリーネはその様子に安堵するとお互いに顔を見合わせると小さく微笑んだ。



 アイリーネは涙を拭い、立ち上がると今なおこちらに向かっている黒い物体に向き直る。






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