第117話 祝福という名の呪い
薄暗い地下牢に足を踏み入れてユリウス、イザーク、アルバートの3人は驚いた、別の人物とすり替わったのではないかと疑う程、あまりにも風貌が変わっていた。
自慢のシルバーの髪は掻きむしったのか激しく乱れており薄紫の汚れたドレスに爪に至っては噛み過ぎて血がでている。ただ、目線だけが鋭く公爵令嬢だとは思えない。
そんなミレイユだったが急に笑顔を見せるとこちらに駆けてきた。
「あっ、イザーク様!」
名を呼ばれたイザークは警戒するが、実際に彼女が見つめているのはユリウスだった。
この場にいる誰もがもともと冷える地下牢がよりいっそう寒く感じられ、ユリウスの行動に注目した。
ユリウスは不機嫌そうな顔で鉄格子の中の笑顔で話すミレイユを冷たい視線で眺めている。
「わたくしが誰だかわかりますか?」
「誰ってフォクト嬢だろう?」
「あ、もしかして記憶がないのですか?私達は前世で――あのエイデンブルグで出会ったのですよ!ですから、わたくしが愛し子……アレットであると証明できますよね?先程からわたくし……記憶が……混乱して……」
呟きながら再び爪を噛みだしたミレイユはすでに正気の沙汰とは思えない。流れ落ちる血を気にするわけでも痛みを訴えることもなく、すでに感覚が抜け落ちているのかと思われた。
ユリウス達は顔を見合わせると尋問を開始する。
今日尋問は陛下にお願いして実現したものだ。
リーネに毒を盛った人物を許せない、自分の手で尋問しなければ気がすまなかった。
それに、フォクト嬢がエイデンブルグについての何らかの記憶を持っているのは、間違いないようだ。
ユリウスは鉄格子のミレイユにゆっくりと落ち着いた声で話しかけた。
「フォクト孃何故リーネに毒を盛ったりしたんだ?」
「何故?それはわたくしの神聖力が特別だと言う事をユリウス様に見せるためですわ」
「――なんだよ、それ。そんな事して何になるんだよ、ふざけるな!」
初めは落ち着いて会話をしようとミレイユに臨んだユリウスだったが、ミレイユの態度に怒りが込み上げて来た。
「……どうして怒っているのでしょう」
「なっ!!」
この女には罪悪感と言うものがないのか、毒によってリーネは苦しんでいた、長引けば命にだってかかわっていただろう、それなのに謝罪すらしないというのか!
ユリウスは怒りで魔力が昂るのを必死に抑えていた。もしも魔力が暴発すれば城は半壊するだろう、それぐらい今のユリウスには魔力がある。
痛いくらいに握った拳は色が変わり、イザークから見てもユリウスが我慢しているのがよくわかる。
ユリウスの怒りの表情の前でもミレイユの態度は変わらない。鉄格子の中でミレイユはユリウスの怒りが理解出来ないでいた。
「わたくしがいるのですよ?危険なはずがないですわ。わたくしは毒の治療が出来る選ばれた者なのです」
「お前が選ばれた者?……そんな事あるはずない!愛し子のリーネの方がずっと尊い存在だ」
思わず頭に血が昇り大きな声を出したユリウスに反応したミレイユは歪に笑う。
聖女とは思えない毒々しい笑いであった。
「みんな騙されているのですわ!アイリーネ様は本物ではありません、妖精王は間違えたのです!」
ミレイユの身勝手な言い分と妄想に呆れた。
自身の想いを通すために妖精王まで誤ったと偽るのか。リーネが愛し子でないのなら、回帰前に命と引き換えて得た浄化の能力はなんだというのか。
愛し子でないのなら、前世も回帰前も断罪などされなかっただろう。本人が望んだわけでもないのに、ただ愛し子に生まれたというだけで、人の悪意に晒される。
「お前に……何がわかる?リーネの何がわかる!愛し子という呪いに似た妖精王の祝福は決してリーネは望んでいない!」
「ユリウス……」
「ユリウス様……」
悲痛に叫んだユリウスの肩にアルバートが手を添える。ユリウスの気持ちは前世を覚えているアルバートにもイザークにもよくわかる。
前世のアレットは物語なんかではなく本当に断罪された、悲恋といえば悲恋だがそんな綺麗なものではなかった。皆の心に消えない傷として今なお残り続けている。
回帰前のアイリーネは愛し子だと呼ばれる事もなく断罪された。回帰することを前提に断罪されたアイリーネはないはずの記憶に今でも苦しめられている。
だから、軽々しく愛し子が間違えなどと言うな。
代われるならば、代わればいい。
そうすれば、リーネはもうつらい思いをしなくていい。
「やはり、前世の記憶がないのですね……」
空気を読まないミレイユの発言にピリッと空気が張りつめる。
ここまで言ってもまだわからないのかと、ユリウスはふつふつと湧き上がる怒りを可能な限り留める。
「記憶なら……あるよ。かつて俺はエイデンブルグに生まれた」
「そうなのですか?でしたら――」
「でも、俺はイザークじゃないし、お前なんて知らない」
「えっ?何をおっしゃるのですか?」
一瞬だけ見せた笑顔をすぐに曇らせたミレイユはユリウスの言葉を注意深く待っている。
「俺の前世の名は、ユージオ・エールドハルトだ」
「………エールドハルト」
その姓に聞き覚えがあった。アレット・エールドハルトの弟、ユージオ。
ミレイユは混乱した、だとすればイザーク様はどこにいるのかと。
黒髪に青い目のイザーク様は今どこに……はたと、ミレイユに今のイザークが目に入る。
「イザーク様?」
「………」
「イザーク様、そんな所にいたのですね?わたくしは、わたくしがアレットですわ」
「君は知らないのかも知れないが、愛し子は来世でも愛し子として生まれてくる。すでにアレットは別にいる」
「えっ?」
そんなはずがないとミレイユは乱れた髪を再び両手で掻きむしる。
ミレイユは生まれてからずっとエイデンブルグの夢を見ていた。
先程から溢れ出して来る記憶も正にエイデンブルグでの記憶に間違いない。
大聖堂の裏に咲くアルアリア・ローズを眺める二人は本当に幸せそうで……
二人?アレットとイザーク様の二人が並んで見える。では……わたくしは……わたくしは誰?
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