第116話 デビュタント
アルアリア王国のデビュタントでは主役は令嬢達である。令息達は祖父や父と共に舞踏会や夜会に出席し、社交界へとお披露目となるが、令嬢達はお茶会以外の席に出席することがなく、デビュタントを終えると一人前とされる。
規模の大きさから王都に住むほとんどの貴族の令嬢が王家主催の舞踏会をデビュタントの場に選んでいる。
2日目に開催された舞踏会では白いドレスに身を包んだ令嬢達がデビュタントを迎えていた。
国王陛下から祝辞が述べられると、うやうやしく礼を返した令嬢達は本日最大の見せ場へと望む。
パートナーとのファーストダンスは一生に一度で、ダンスが始まるとまるで白い花が咲いているかの様に華やかで、間違いなく会場にいる者全てから注目される。
中でも今年一番の注目を集めているのは、クラウディアとクリストファーの二人である。
本日のクラウディアはいままでと違い派手な赤薔薇ではないが、白いドレスがよく似合う淑女であった。
ハーフアップに毛先は緩やかなカールとメイクも薄く清純本日なイメージで胸元にレースをあしらったAラインのドレスと合っている。
二人は婚約者ではなかったが、パートナーになるぐらい親しい仲であるというのが、大方の貴族の反応である。クラウディアは周りの慣れぬ視線に体が強張りダンスをミスしてしまう。
「あっ!申し訳ございません」
「ううん、大丈夫だよ。誰も気付いていないよ、クラウディア孃」
「………」
「周りの目が気になるのかい?」
「……やはり、パートナーをお引き受けするべきではありませんでした。随分と噂されてますね」
ため息をついたクラウディアは貴婦人達の扇に隠れた口元が嫌で仕方がない。扇に隠れた悪意をもう何度も見てきたからだ。
きっとわたくしの事も噂されているのだろう、昔のクラウディアなら跳ね返すだけの強さがあったが、今のクラウディアは俯いてしまう。
やっぱりパートナーは断るべきだった、デビュタントに参加するべきではなかった。
陛下はわたくしが起こした事件に関する事をなぜだか表沙汰にしていない。もしかしたら、父の財務大臣としての能力を高く買っているからかも知れない。
だからこそ、罪を咎められることもなく罪悪感だけが残っている。それに、闇の魔力に関わったためか記憶の一部が欠けており不安で仕方がない。
「クラウディア孃、私の目を見て」
そうクリストファーに声を掛けられ顔を上げ、ハッとした。
「クリス殿下……」
そこには澄んだブルーの瞳があり、大丈夫だと信じろと物語っていた。その瞳を見ていると自然と落ち着きを取り戻してくる。
「その調子だよ、今日のダンスのために沢山練習したんだ、皆に見せつけてやろう」
そうクリストファーは宣言したように、掌に力を込めるとより一層大きく華やかにリードする。令嬢の中で誰よりもクラウディアが輝けるように。
クラウディアもまたクリストファーのリードに応えるように白いスカートを翻しながら軽やかに舞う。
過去は変えられない、だとしたらわたくしは誰にも恥じない行動をしなくてはならない。せめて、パートナーになって下さったクリストファー殿下に害がないように振る舞わなくては。
「そんなに気負うことはないよ。ただ、ダンスを楽しめばいい」
楽しむ……
目の前のクリストファーを見ていると、本当に楽しんでいるようだ。そんな様子のクリストファーにクラウディアも口角を上げる。
そこから先は周りの視線も気にせずに踊る。
体が羽が付いているかのように軽く、ステップも踊り始めとは別人で、その姿は物語の主人公のように輝き周りからため息が漏れるほどだ。
曲が終わりを告げるとクラウディアは笑顔となっていた。踊ることがこんなにも楽しいだなんて、クラウディアは初めて知った。
「殿下……今日はパートナーとしてこの場に立って下さり本当にありがとうございます。一生忘れられない想い出になりました」
「……一生だなんて、大袈裟だよ。ねぇクラウディア孃、今日が始まりじゃないか?今日、クラウディア・ウォルシュは新たに生まれ変わったのだよ」
「新たに……生まれ変わる……はい、ありがとうございますクリス殿下」
いつまでもくよくよせずに、前に進もう。
クリストファーの隣で美しくカーテシーをするクラウディアはどの令嬢よりも輝いていた。
父親のウォルシュ侯爵も娘の久しぶりの笑顔に驚きを隠せない。
クラウディアの笑顔は久しぶりに見た。
殿下、ありがとうございます。
パートナーのいない娘のパートナーになって下さって。
殿下、私は王家いえ、クリストファー殿下に忠誠を誓います。
ウォルシュ侯爵はそっと目を閉じ、クリストファーに感謝した。そして、クリストファーに向け頭を下げた。
デビュタントは大盛況の内に終了時刻となり、貴族達も帰路についていく。
夜半を過ぎ、夜勤の者以外は寝静まった頃、王城の地下牢には数名が集まり、鉄格子の中の人物を見つめていた。
地下牢の人物は質素なベッドの上で、目だけは異様にギョロリとさせながら、鉄格子の向こう側の人物を睨みつけていた。
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