第115話 地下牢
「もうさ、回帰前のリーネにとって嫌な場所は全部潰してやろうかな」
「……ユリウス様」
そんな事できるはずないってわかっているのに、口から出てしまうほど、リーネが回帰前の出来事にふれ体調を崩すのはもう何度目だろう。
今は穏やかな寝息で休むリーネにただ安堵する。
何事もなかったかの様に眠るリーネは悪夢を見ていないようだ。
「で、リーネはどうなんですか?王宮魔術師様」
「そうですね……前に一度倒れたでしょう?そのせいなのか、特に強い想いが残された場所は回帰前を覚えていなくても体が拒絶反応を起こすのでしょう」
「何かいい方法があるのでしょうか、ジョエル様」
イザークと共に祈るようにジョエルを見るも、ジョエルは静かに首を左右にふる。
「――今の所ありません。辛い記憶が蘇る場所を避けるしか方法がありません」
「リーネの記憶を消すことは出来ないのですか?」
「アイリーネ様には別の記憶があるようで、それが邪魔をしているようです」
別の記憶、それはエイデンベルグでの記憶を指すのだろうか。リーネはアレットとしての記憶を覚えていないが、潜在しているというのか。
そっと、リーネの指に触れる。
良かった、ちゃんと温かい。
こんな風に意識がないリーネを見ると、どうしても確認せずにはいられない。
リーネが生きていると……
「嫌な記憶の場所と言えば……処刑された広場とかでしょうか」
「いや、イザーク。広場には噴水がすでに設置されたから広場自体が存在しない」
回帰してからすぐに陛下によってリーネが処刑された広場には噴水か造られた。
前に噴水の側をリーネと一緒に歩いたが、今日のようなことはなかった。
「あとは、地下牢だ。イザーク」
「――地下牢!そうですね、地下牢は間違いなく拒絶反応が起こるでしょう」
「まあ、でもリーネが地下牢に近づくことなんて、ないだらうけどな」
「そう……ですね……」
今、地下室にはミレイユ・フォクトがいる。
明日の舞踏界が終えれば、いよいよ地下室にいるフォクト孃が尋問される。本来ならデビュタントという華やかな舞台に立つはずだったのに、哀れだな。
けれどそれも自分の蒔いた種だ、仕方がない。
ジョエルが退室し、イザークがリオンヌ様に呼びに行きリーネと二人きりになった。
リーネが目覚めるまで、ずっとこうして側にいよう。
客室であるはずのこの部屋を何度も使用し、今ではすっかり我が家のように落ち着く。
運ばれて来た紅茶も俺の好みにそった茶葉でその心地よい渋みを味わっていく。
ふとリーネがデビュタントする際の姿を想像してしまう。
きっと、その日デビュタントを迎える誰よりも可愛くて、綺麗で……いや、そんな陳腐な言葉では表せない程なのだろうなと、自然と頬が緩む。
その隣にいるのが自分であればいいなと、二人で揃えた衣装に身を包みファーストダンスを踊る未来を描いていた。
楽しいことを考えていると時間はすぐに過ぎるようで、そうこうしている内にリーネが瞼を開けた。
「おはよう、リーネ。気分はどうだ?」
♢ ♢ ♢
「お願い、誰か助けて!寒いわ、どうしてわたくしが、こんな目に。わたくしは公爵令嬢なのよ!」
叫んでも誰も来ない、一体どうなっているの。
秘密を持つ者は暗殺ギルドに依頼して、全て始末したはずだ。
「証拠もないのにこのような事をして!覚えておきなさい!お父様がもうすぐ助けに来てくれるわ、そうすれば、全員処刑よ!」
地下牢の鉄格子を持ち揺さぶるが、ミレイユの力ではびくともしない。
ミレイユは園遊会のために誂えた薄紫のドレスを身に纏い、そのまま地下室に入れられた。光も当たらない、カビ臭い地下牢はドレスのままでは寒い、かと言って用意された粗末な囚人服には袖を通す気にもなれずにいた。
地下牢に響く足音に誰かが来たと期待を寄せて、ミレイユは目を釘付けにして、近づく人物の顔を見て驚いた。
「証拠がないのに、王家が公爵令嬢を捉えるわけないだろ?馬鹿だなミレイユは」
見間違いかと思う程、こんな所に不似合いな格好のエルネストが立っていた。兵士ではないエルネストがどのようにしてこの場にいるのか疑問はあるが、使える者は使う。
「エルネスト?どうしてこんな所にいるの。まあ、いいわ、早く助けなさい」
不可解そうに見たミレイユはそんな事よりも地下牢から脱出するのが最優先で、エルネストを急かした。
「助ける?そんな事するわけないだろう」
「えっ!?」
自分の味方だと思っていたエルネストに拒絶され、ミレイユは目を見開いて驚いた。
「愛し子を傷つけたミレイユは罪を償うべきだ。――これはミレイユへのプレゼントだよ」
そう呟いたエルネストはミレイユの額にむけ手をかざすと金色の光が溢れた。
「思い出すといい、前の自分を……じゃあね、ミレイユ」
金色の光が消え、ミレイユは放心状態で立ち尽くすも急な頭痛に見舞われた。
「何よ、これは!違うそんなはずがない、わたくしは――わたくしは――」
冷たい床に座り込んだミレイユはしきりに爪を噛み、頭の中の映像を必死で否定した。
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