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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第111話 捕縛

 一台の馬車が入城した。四頭立ての豪華な馬車にはフォクト公爵家の家紋が入っており、その馬車は園遊会の会場より離れた場所で人目を避けるように止まった。

 


「エルネストどうゆう事かしら?何故こんな人気のない場所に馬車を止めるのよ!わたくしに会場まで歩けとでも言うの!?」



 馬車の中で窓から見える見慣れない景色に目を吊り上げて声を荒げるミレイユは、苛立ちを隠さずに同乗しているエルネストに怒りをぶつける。



「………馬車が混雑しているから仕方がないだろう?欠席してもいいのだけど……」

「何を言ってるの、欠席なんてするわけないでしょう?早く馬車から降りてエスコートしてちょうだい!」


 ミレイユに催促され、ため息混じりに馬車の外に出ると言われた通りに手を差し出しエスコートする。

 当然とばかりにエルネストの手を取りミレイユは馬車から降り立った。



「明日が思い遣られるわ、気が利かないあなたがパートナーだなんて!それにしても許せないのはクラウディアよね、あんな子がクリストファー殿下のパートナーになるなんて!」


 

 クラウディアとミレイユは同じ年で幼い頃からの顔見知りであった。二人はよく比較されていたが、ミレイユが聖女としての能力が注目されると比較されることも少なくなり、クラウディアよりも優れていると自負していたミレイユにとって、クリストファーのパートナーがクラウディアであるという事実は許しがたい事であった。



 一方、パートナーをユリウスに拘った結果、ミレイユの思うような高位貴族の令息達はすでにパートナーを決めており身内であるエルネストにパートナーを頼むこととなった。不本意ではあったが、デビュタントにパートナーがいないという最悪な事態は避けられるため妥協したのである。


 自分のパートナーである隣に立つエルネストは長いブロンドの髪を一つに束ね横に流し、淡いブルーの衣装に胸にはピンクの薔薇を飾っており、彼の持つ穏やかな雰囲気にとても似合っている。

 宰相の息子である彼は容姿も身分も含め令嬢達からの人気も高い、それ故に妥協したといっても他者からの羨む眼差しはミレイユのものであり、明日のデビュタントを想像して口元を緩めた。



「早く行きましょう、エルネスト。もう始まってしまうわよ」

「………」

「エルネスト?」


 返事をしないエルネストに違和感を覚え顔を上げると、その表情に驚き、困惑した。

 今まで長い年数を一緒に過ごして来たミレイユにとって初めて見るエルネストの仄暗い微笑みに背筋か寒くなる。



「あ……エル――」

「――ようこそ、フォクト孃」


 言葉を紡ごうとしたミレイユの言葉を遮るように聞き覚えのない軽快な声がミレイユの名を呼ぶ。

 プラチナブロンドにグリーンの瞳、王の側近であるアベルを伴い近づいて来る姿にすぐに第ニ王子であるローレンスだと気付いた。



「ローレンス殿下、本日はお招きいただきありがとうございます」


「……いや、よく来てくれたね」


 

 王族であるローレンスが何故このような所にと疑問は残るがミレイユは見事なカーテシーを披露する。


 公爵令嬢であるミレイユはマナーだけはと父から煩く言われ完璧なはずだ、それなのに頭を垂れているミレイユに対しあざ笑うようなローレンスに思わず怒りを感じ顔を上げた。



―――わたくしが何をしたと言うのよ!


 怒りを感じてその身を小さく震わしていたミレイユは顔を上げると今度は狩りで追い詰められた獣のように身動きがとれなくなる。

 ローレンスから放たれた蔑みとも軽蔑ともいえる不躾な視線にミレイユは混乱した。

 自分がローレンスからこのような眼差しを送られる程の心当たりはない。



「話しは追々聞いてあげるよ」

 そう言ったローレンスが手を掲げるとその掌より光が放たれる。光は形を変えロープのように長いヒモ状となると、ミレイユの身体に巻き付き拘束した。



「なっ、なんて事を!ローレンス殿下、一体どうしてこのような事をなさるのですか!」


「どうして?本当にわからないと言うのか?――愛し子を襲撃した主犯を捕まえに来た、そう言えばわかるかな」



 理由がわからずにどうにかしてロープから抜け出そうと身を捩っていたミレイユはローレンスの言葉に動きを止める。

 血の気が引きその場に座り込んでしまったミレイユであったが、どうにかして取り繕おうと言い訳を考えるもいい言葉か浮かんでこない。



「違います、違うんです。わたくしではありません」



 ミレイユはその儚げな容姿を最大限に活かし、ローレンスを見上げ涙ぐんだ。

 大抵の男性であればこの作戦は有効で今迄にもこの方法で切り抜けた事があったのだ。


 但し、今回は相手が悪かった。ローレンスの周りには幼い頃から腹黒い大人達がいて相手の嘘に敏感であった。更にローレンスには回帰の記憶があり見た目よりも精神年齢が高い。

 そのため、ミレイユの意見は無視され相手にされなかった。



「アベル、彼女を捕らえよ」 

「はっ、どちらに連行しますか?」 

「そうだな……貴族牢ではなく例の地下牢に入れておいてくれ」

「はい、承知しました」



 アベルが手配した兵士に荷物のように抱えられ、ミレイユは連行されて行く。ミレイユがいくら体を捩り暴れても体格の良い兵士はびくともせずにミレイユを抱えて歩んでいく。


「わたくしではないのですー。ローレンス様、お願いです。わたくしの話しを聞いて下さいー」


 ミレイユの叫びも虚しく徐々にその声は遠ざかって行った。



「身体だけではなく、口も縛った方が良かったかな」

 ローレンスは誰にも聞こえないくらい小さな声でボソリと呟いた。



「協力感謝するよ、エルネスト・オースティン」


 エルネストの眼の前に立ったローレンスか声をかける。


「いえ、大した事ではありません」


「そう?ならよかったけど。あなたも園遊会に参加するのでしょう?遅れない内に移動して下さいね」

「はい、わかりました」


 ふと、自身の胸にローレンスの視線を感じ、胸ポケットに視線を落とした。そこには、ピンクの薔薇が存在感を示している。



「ああ、ピンクの薔薇ですか?おかしいでしょうか?」

「いえ、ただ珍しいなと思いまして。赤や白なら見かけた事がありますが、ピンクの薔薇を挿している人は見たことがなかったもので」


「……ピンクと金は私が好きな色なのです」


 少し間をおき、そう答えたエルネストにローレンスの眉がピクリと動いた。

 ローレンスが反応した理由がエルネストにはわかっている。それはある令嬢を示す色であるからだ。



「へぇー、そうなのですね……」

「はい」


 顎に指をおき、考えるような仕草をしたローレンスは真っ直ぐにエルネストを見つめると自分の想いを伝える。


「あなたがただ純粋な想いならば、私は野暮なことはいいません。ただ、彼女に危害を加えるのならば容赦はしません」

「私はそのような愚かな真似はしません。――誓って」

「そう……では後程会いましょう」

「はい、失礼します」



 遠ざかるエルネストの背を見つめ、人知れずため息をつく。今日のエルネストが彼女と合わせたような服の色は偶然か否か。どちらにしても、彼を刺激することは間違いないだろう。


 私は誰が誰を慕っていても構わないのだが、彼が荒れそうで面倒だなとローレンスは天を仰いだ。

 



 

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