第110話 新たな気持ちで
園遊会当日は雲ひとつない青空に恵まれ、色とりどりのドレスに身を包んだ貴婦人やデビュタント前の子供達で賑わっている。
城の一室から下を見下ろすとドレスがまるで花壇に咲く花のように見えてくる。
目を輝かしながら満面の笑みで見下ろすアイリーネは後ろにいるシリルに話しかけた。
「ねぇ、シリル見て。みんな綺麗なドレスを来ているわよ、花壇の花が咲いているみたいだわ」
「……自分の格好もそうじゃないの?アイリーネだって着飾っているじゃないか」
シリルにそう指摘され、磨かれた窓にうっすらと映る自分の姿を確認する。
そこには園遊会のために用意されたドレスに身を包むアイリーネがいた。淡いブルーを基調にフリルの付いたスカート、袖にはレースがあしらわれたデザインで外に出る際に被る帽子も用意されている。
王都で人気のデザイナーによるドレスは上品で清楚な作りとなっていて、とても似合っていると皆褒めてくれた。
「そうゆうシリルだって着飾っているじゃない?」
「……まあね」
シリルは着飾るのを嫌がっていたが、お父様がシリルの分の服も仕立ていて、断ることも出来ずに袖を通すこととなった。
上着の丈は長めで白を基調に金の刺繍がシリルの神聖な雰囲気とよく合っていて、シリルのために仕立てられたデザインだと改めて思う。
「……ユリウスが帰ってきたら、そんなに見つめてはダメだからね」
「!、そんなに見ていたかな」
「うん、かなりね」
不躾な視線だったとシリルに謝り、視線を窓の外に戻した。
今、ユーリはクリス殿下に呼び出されて席を外している。ユーリが戻ってくれば私達も会場に移動予定だ。
お父様とお祖父様も陛下に挨拶をしてから会場に向かうため、会場で合流することになっている。
イザーク様は会場の警備状況を確認してくると会場に足を運んでおり、部屋には私とシリルの二人だけとなっていた。
「そういえば、クリス殿下はどうしてユーリを呼び出したのかしら?知ってるシリル」
「………二人は友達だからね、色々話し事もあるんじゃないの」
少し間が合った気もするが、確かに二人は仲が良く会いにいってもおかしくはないだろう。いつもよりユーリが緊張していた気もするが気のせいかも知れない。
♢ ♢ ♢
「……久しぶりだね。ウォルシュ孃」
「……はい、お久しぶりでございます。小公爵様」
二人は立ったまま挨拶を交わすと沈黙が訪れた。
側で二人の様子を見届けていたクリストファーは思わず苦笑いとなった。
「二人共、そんなに緊張しなくてもいいじゃないか」
「………クリス」
そんなクリストファーの態度に呆れたユリウスは必要以上に緊張していた自分が馬鹿馬鹿しく思った。
「ごめん、ウォルシュ孃。本当は貴族令息らしい言葉を使った方がいいんだろうが、上辺だけみたいで嫌なんだよ。君に対しての俺の態度は良くなかった、謝るよ」
頭を下げて謝るユリウスに対してクラウディアは驚き頭を上げるように伝えた。
クラウディアは自分が罪を犯したのにユリウスに謝られたことに恐縮すると同時に素のユリウスに触れたような気がした。
いつも自分がみていたユリウスはクリストファー以外には一線を引き、貴族令息として非の打ち所がない姿だったからだ。こんなにも気さくで自然に笑うユリウスは初めて見た。
ああ、そうか。わたくしが見ていたのはユリウス様の貴族としての顔だけだったのね。それなのに自分が彼の隣に立つのに相応しいなどと、思い上がりもいいところだわ。自分のいいように解釈して、本当の彼を知ろうともしていなかった、恋に恋をしていただけ。
これでやっと自分の気持ちを整理することが出来る。
そう思うクラウディアは自然と笑みが溢れた。
「いいえ、わたくしの方こそ大変ご迷惑をおかけしました。アイリーネ様にも闇を祓って頂き感謝しております。あれ程のことを犯したわたくしを許して下さり、罪に問われることもなく……」
声に詰まり俯いてしまったクラウディアにクリストファーが優しく声をかけた。
「もうその話しは終わっただろう?」
「ですが、殿下。何の罰も受けないだなんて……」
「いや、君だけが悪いのではないからね」
そう、陛下達は彼女が指輪を貰い受けた事実を把握していた。その上で黙認していたのだ、様子を見ていたのだ、彼女にこの事実は伝わっていないけれど。
敵の正体を見極めるためにいわば、囮にされていたのだ。早くに彼女を保護していればこのような騒ぎにはならなかった。
父には――国王には国民が平穏に暮らせるように守る義務があるというのに――
ここまで考えて、クリストファーはハッとした。
近々、王太子を返上しようと父に進言するつもりの自分がこんな風に考えるなんて、と自嘲気味に笑った。
「まあ、とにかく二人共仲直りだよね?」
「……別に喧嘩していたわけじゃないけどな」
「ええ、はい」
クリストファーは二人の間に立つと握手を交わしてこの場を終えようかと提案した。
二人は一瞬戸惑うもしっかりと握手を交わすと、お互いの謝罪としユリウスはその場を後にした。
「ただいま、リーネ。またせたね、会場に向かおうか」
そう言って他の誰にも見せない笑顔をアイリーネに向けた。
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