第10話 忘れ形見
アルアリア城に新たな馬車が到着した。貴族が乗っていると思われる豪華さであるが、家紋は入っていない。人目を避け馬車より降り立った人物は身なりの整った一人の男性であった。
「お久しぶりでございます。リオンヌ・オルブライト様」
「―ルーベン騎士団長」
「今はもう騎士団長は辞任しております」
「……」
慎ましく礼をとるアベルを物言いたげな顔で見つめるも、敢えて言葉にすることはなく、すぐ横を通り過ぎる。通り過ぎた先で立ち止まると盛大なため息をつく。
「―案内を頼む」
「…はい、畏まりました」
アベルの案内で応接室まで続く廊下を進むと、壁に掛けられた妖精をモチーフにした絵画が目に入る。絵画の中でアルアリア・ローズを手に微笑む妖精。
「……シア」
思わず愛しい人の名前を口にする程、妖精のモデルになっている現国王の妹、第2王女だったエリンシアによく似ていた。
「……」
「もし、君がシアを連れ戻しにきた時の事を気にしているなら、謝罪はいらないよ。陛下の命令で駆け落ちをした王女を連れ戻すのは、君の仕事だろうし」
「……」
「ただ、安全でいるはずの王宮で暗殺されたという事実は許せるはずがないけどね」
怒りを滲ませ口にすると了承するように、アベルは目を伏せた。
「わかっております」
「……そう」
目を伏せるアベルに案内を催促すると再び廊下を歩みはじめた。
―シア、君は自分の死まで予知していたというのかい?私に一言もいわず、全部胸に秘めたまま……
応接室に通されアベルが国王を呼びに行く間お茶が振る舞われた。上質な香りがする紅茶を緊張した面持ちで飲む。リオンヌは16年前に国を出てから1度も帰っておらず、召集をされた理由がわからない。
ノックと共に入室した国王に懐かしさを感じられ緊張が和らぐ。挨拶を交わすと会話が途切れて中々本題に入ろうとしない王にこちらから本題を振ってみる。
「それで、何故呼びだされたのでしょう?」
「……リオンヌ、先に謝らなければならない。すまない」
「何をでしょう?シアに関する事だと伺ってますが?」
「本来なら、ある人物に会ってもらい保護をしてほしかったのだが……手違いが生じた……」
「手違い?」
「先に会ってくれないか?」
そう言うと王は応接室から移動するように促した。近くの客間に入ると、二間続きの寝室のドアを開ける。豪華な天蓋のベッドには半透明の布が下ろされ奥には人影が見えた。
誰かが眠っているのではと近くに行くのを躊躇うが、王が布を開け中が見えた途端に目が釘付けとなる。中には最愛の人であったエリンシアによく似た顔立ちに自分と同じシフォンピンクの髪。リオンヌは自身の胸の鼓動が速くなり息苦しさを感じた。
「……この女の子は?」
震える声で絞り出した問いに、王が容赦なく真実を告げていく。
「エリンシアが亡くなる直前に出産した。リオンヌ、そなたとの子供だ」
「そんな、どうして黙ってたんですか!私は自分と同じ父親を知らない子供にするなんて、そんな事望んでません!」
リオンヌの父は外国から逃れ怪我で倒れていた所にリオンヌの母によって助けられた。その後二人は愛し合っていたが、自身の地位を取り戻すと言い国に帰ったが二度と戻ってくることはなかった。
―もし、自分に子供ができたら必ず側にいようと誓っていたのに。それなのに……
「エリンシアの願いだ」
「シアの?どうして……」
「……そなたの未来を奪いたくなかったのではないか?あの子には未来が見えていたはず……」
「この子は何か病気なのですか?こんなに痩せて……」
そう言えばとハッとする。近くで話しても起きる気配もなく、顔色は悪く呼吸すら行っていないようだと。まさかとそっと手に触れると氷のように冷たくすでに亡くなっているのだと知る。リオンヌは存在すら初めて知った娘に掛けてやる言葉が見つからず涙した。エリンシアの訃報を受けて以来、初めての涙だった。
「―この子の名は?」
泣き伏せるリオンヌは名前すら知らされていないと娘の名を問うた。
「アイリーネだ。エリンシアはアイリーン姉上に憧れていたから、名前の一部を頂いたとそのように聞いている」
「アイリーネ……」
最愛の人にも自分にも似ている部分があり、まさに二人の子供だと改めて感じる。震える手で頬に触れながら、名前を呼び続けた。
「……陛下、さっき保護と言われましたか、どうゆう事ですか?」
泣き腫らした目で王を見つめリオンヌは問いただした。王は黙り込みまだ全貌を明らかにできていないと断りを入れ、これから明らかにすると同席を望む。
「全貌を明らかにする。一緒に来てくれないか?」
「……わかりました」
二人はユリウス達が待つ会議室へと足早に去っていった。
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