第108話 公爵家の後継者
年を越し領地に帰っていた貴族達が首都に集まりだすと、社交シーズンが訪れる。ヴァールブルク家も例外ではなく、王宮に勤める公爵以外の公爵夫人とマリアは領地に戻っていて、もう2週間程で王都に帰ってくる予定である。
幼い頃から住み慣れていたとはいえ、ヴァールブルク公爵家が懐かしく思える程離れていたわけではないのにと、公爵邸に足を踏み入れるとユリウスはやや呆れたように笑う。
それでも懐かしく思えるのは、もう自分の居場所ではないとわかっているからかも知れないなと自分なりに分析した。
「ユリウス様、よくお戻りになられました」
「いや、父上と夕食の約束をしたからね。終えれば寮に戻るよ」
「そうですか……」
明らかに落胆した執事のマーカスを少し気に病むも、自分はもう選んだのだからとそんな素振りを見せない。
懐かしいこの家も慕ってくれる使用人もそして両親も、どちらも選べたらどんなによかっただろうが無理な話しだ。
母もマリアも俺がこの家の者である限り、いや社交界の貴族の全てがヴァールブルク公爵家のユリウスとして俺を認識する限り、俺に期待を寄せるだろう。
公爵家の嫡男でいずれ公爵となる者であると。
母は学園を卒業後、父の後を継ぎ見合った令嬢と結婚することを望むだろう。マリアはリーネが近くにいる限り、リーネに対しての負の感情を募らせいずれ回帰前の断罪のようなよくない事がおきるかも知れない。
多くの貴族が隙あらば自分の縁がある者を薦めてくる。それも今回の決断に強い影響力を与えただろう。
マーカスに案内された食堂ではすでに父が席に着いていた。
「久しぶりぶりだな、ユリウス。学園での活躍は聞いているよ」
「……いえ、大したことはありません」
そう、学園生活は二度目なのだから成績がよくても当たり前である。余り褒められてしまうと、自分がズルをしているような、そんな気分になり居心地か悪い。
「さあ、食べようか」
「はい」
ユリウスが席に着くと待ってましたとばかりに、食事が運ばれて来る。久しぶりの我が家での夕食は肉に魚にと相当気合いを入れたのか豪華な食事だ。
「……もう少しすれば二人が領地から帰ってくるのに、そうすればまた――」
「いえ、二人がいない内に父上と話しをしたかったのです」
「そうか……」
父が肉を切るナイフを止め、ナプキンで口を拭った。
そして、片手を上げると控えていた使用人達が食堂の外に向かっていく。
「話しがあるのだろう」
「はい」
「聞こうか」
二人きりになった空間の空気は重苦しい。
いざ父を前にして自分のこの想いを話すとなると少し躊躇するが、斜め横の父を見つめた。
「父上、私をヴァールブルク家から除籍して下さい」
「ユリウス!何を言い出すんだ!どうしてそんな話しになるのだ」
「父上、跡取りをマリアにして下さい。そのためには、息子が存在していてはなりません。いずれ、マリアに婿を取り跡を継いでもらって下さい」
「だから何故そうしなくてはならない。ユリウスが嫡男ではないか」
「……父上、マリアが生まれて来た時に私がマリアを嫌っていたのを覚えていますか?」
「ああ、覚えているとも。それがどうしたというのだ」
不思議そうにする父にユリウスはある決断をする。
「………その理由をお聞かせします」
回帰した事実を父に話すことにした。信じてもらえるかどうかは別にして、ありのままを告げようと。
「そんな……そんな事があるはずが……いや、しかしそれが事実なら辻褄かあうことがある……」
「今まで黙っていて、申し訳ありません……」
「いや……」
まだ信じきっていられないのかも知れないが、肘をつき頭を抱えていた父が顔を上げると、優しい目でユリウスを見た。
「ユリウス……大変だったな、辛かっただろう?」
「……いえ」
断罪されたリーネに比べれば俺は全然辛くなんてない。だけど家族の誰とも分かち合うことはできずにいたことは後にして思うと孤独だったのかも知れない。
「ユリウス、他に道はないのだろうか」
「これが最善だと思いました。マリアも私がこの家と無関係になれば執着する必要もなくなるでしょう。今は自分の兄だからこそ自分のものだと思っているのでしょう。それに他の貴族達も私が公爵家と関わりない者なら相手にしないでしょう」
暫くの間、目を閉じて考えていた父だが、すぐには決断出来ないといい返事はひとまず保留となった。
「父上……時間はあまりありませんので、マリアを後継者にするなら、それなりの教育も必要でしょう」
「ああ……わかっている。では、食事の続きをしようか?料理長が張りきって作ったのだから」
「はい、頂きます」
その後は取り留めない話しを父と会話し、夕食を終えた。
馬車を見送りに来た父に「前向きに検討お願いします」と伝えると父は悲しそうな顔をした。
「ユリウス……お前の一番は私達家族ではないのだね」
「……申し訳ありません」
「いや」
そう言う父に別れを告げ、俺を乗せた馬車は学園の寮にむかう。
父の事は嫌いではない、むしろ父親としては尊敬している方だろう。貴族としての父は特に野心もなく特別な能力があるわけではないが、父親としては皆に平等で温和な人であった。
父と二人だけの特別な記憶はないが、それでも家族では失くなると考えると悲しいものだな……
「学園ではなく、オルブライトの屋敷にむかってくれ」
馬車の行き先を変えオルブライト邸へ向かうことにした。この時間ならまだ誰か起きているに違いない。
今日は一人になりたくない、一人でいるにはまだ寒く春は遠い、とそう思ったから……
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