第106話 正しき心の持ち主
二人きりの誰もいない部屋。考え事をしている私が机をコンコンと指で叩くと、彼はビクつきおそるおそるといった風に顔を上げ声をかけてきた。
「ローレンス様……」
「なんだい?」
「今日はどう言った要件でしょうか?」
私の顔色を伺う、彼この国の宰相の顔色は若干悪い。
「用がないと私と話したくはないと?」
「いえ、違います」
そう言い直立不動に立つ宰相に思わず苦笑いする。
揶揄うのもそれぐらいにして、本題に入るとするか。
「近頃、物騒だと思わないかい?」
「はい?」
「愛し子が襲われたよね?宰相はどう思うかな」
「そうですね、早く犯人が捕まればいいとそう思いますが……」
私はにっこりと宰相を見て笑った。
「犯人の証拠が欲しいよね」
「と、言いますと犯人の目星がついているのですね」
宰相が嘘をついている様子はないようだ。では、宰相をどう扱えば証拠を用意できるだろうか。
犯人はミレイユ・フォクトで間違いないだろう。
父親であるフォクト公爵の関与があるかどうか。
「そうか……犯人を知らないのでは仕方ないな」
「お待ち下さい、私の身近な者が犯人だと言うのですか?」
「そうだね宰相の身近な人物で間違いないよ」
「そんな!誰です、誰なのですか」
「うーん、証拠がないんだよね。だから宰相に教えるのも、どうかな」
そう言って部屋の外に向かうそぶりに宰相が慌て出す。
予想通りの行動をする宰相に笑みがこぼれそうになり、気を引き締めた。
「お待ちください、ローレンス様!犯人が気になって仕方ありません。お願いします、教えて下さい」
まだ子供の私の足元に両膝をついた宰相が懇願する。
傍から見ればおかしな光景だろう、私が宰相を虐げているように見えるかも知れない。
しかし、宰相は自ら進んでこのような行動をとっているのだ、決して強要などしてはいないのだから。
「じゃあ、ここだけの話しだよ?あのね――」
♢ ♢ ♢
「やっと見つけたわ、ローレンス」
宰相との密談を終えるとすぐに声をかけられた。
いつものように遠くから駆けてくるコーデリアと侍女と護衛がいた。コーデリア付きの侍女達は体力があることが必須であると噂は本当の事だろう。そう思える程、ピッタリと離れることなくコーデリアと共に走っている。
「こら、コーデリア走ってはダメだろう。それに、侍女や護衛もコーデリアが走ったら迷惑だろう」
「あー、みんなごめんね?」
コーデリアが可愛く首を傾げているが、謝ってもどうせまた走るのだろうなと侍女も護衛も苦笑いである。
「ところでどこにいたの?探してもいないし」
「ああ、ちょっとね……」
「なんだか……悪い顔してる……ローレンスって、本当に光の魔力の持ち主かしらと思うことがあるわよ」
悪い顔だって?そんなわけないではないか、ただ私は宰相にお願いをしただけなのだから。
それに光の魔力は悪しき心だとその輝きは失われる、だから私は正しい心を持っていると証明させているのだ。
「それよりも何か用なの?」
「あのね、アイリーネの見舞いに行きたいの」
「お見舞いか……私達だけでは無理だな」
そう、私達はまだ子供なのだ。もちろん中身はそうではない、しかし容姿はまだ子供なのだ。
「あ、兄上は?兄上にお願いしてみたら、どうかな」
「そうね……じゃあ、そうするわ」
そう言い残すとコーデリアはまた駆け出して行く。
「あっ、コーデリア!走ってはダメだよ」
振り返ったコーデリアは大きく両手を振ると、歯を見せてニッカリと笑った。
王女らしくない笑い方だ、だけど私はそんなコーデリアの笑顔が大好きだ。
だから回帰前のような結末には絶対に回避してみせる。
そう決意したローレンスは正面を向き、襟を正すと力強く歩んでいった。
♢ ♢ ♢
「アイリーネー、会いたかった」
コーデリアはオルブライトの屋敷を訪れ、アイリーネを見つけると飛びつき抱きしめた。
突然のことにアイリーネは驚き、しばし立ち尽くしている。
「こら、コーデリア。アイリーネが驚いているだろう?それに急に抱きついたら危ないだろう」
「ごめんなさい、クリス兄様。アイリーネもびっくりした?」
驚いたのは確かだが、私よりも小さなコーデリア様が私を気にして指をモジモジしている仕草が可愛くて、思わず笑ってしまった。
「大丈夫ですよ、コーデリア様」
「だから、ポポだってば。会わないとすぐに忘れるのね、アイリーネ」
「……わかりました、ポポ」
"ポポ”と呼ぶと満足そうに頷くコーデリア様を見ていると、何故そう呼ぶようにいつも言われるのかわからないけど、なんだか胸があったかくなる。
ずっと前から知っているような、まるで昔からの友人であるかのような懐かしい気もする。
コーデリア様も同じような気持ちなのだろうか、と王女殿下を見るとニッカリと笑っている。
「あれ?クリス?どうしたの、来る予定あった?」
「やあ、シリル。君も家にいたんだね。コーデリアがどうしてもアイリーネの見舞いに行くといってきかなくてね」
「ふーん」
ジロリとシリルから視線を受けたコーデリアは唇を尖らせて、プイと横を向いた。
シリルとコーデリア様は仲が良いのか悪いのかわからないが、二人で話している姿をよくみかける。
年も性別も違う二人だが、なんだか同じ空気を纏っている。そういえば、神聖力が二人共高いそれが唯一の共通点だろうか。
二人とは違い、イザーク様とクリス殿下は今まではそんなに二人だけで話しをすることはなかったのだが、剣術大会以降は二人か話しているのをよく見かける。
二人は大会では対戦することは、なかった筈なのだけどなと、首を傾げた。
「アイリーネ様、お茶が入りましたよ」
「はーい」
オドレイが準備してくれたお茶を皆でテーブルを囲む。王族であるクリストファーやコーデリアとはそんなに会えるわけではなく、久しぶりに会えて嬉しい。
ただ……いつもならこの場にいるユーリは学園生活が忙しくしばらく姿を見ていない。
たがらだろうか、こんなに人に囲まれているのに、なんだか寂しく思ったしまうのは……
温かい紅茶を飲み体は暖かくなっても、寂しい気持ちはあまり変わりはしなかった。
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