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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第105話 ある日のイザーク②

 次に目が覚めた時には、すでに部屋の中は暗く魔石を使用したランプが淡い光で、室内を照らしていた。

 

 ふと人の気配を感じると、そこには椅子に座り目を閉じているイザーク様がいた。

 眠っているのだろうか、ずっと護衛をしてもらい長い時間を過ごして来たが、イザーク様の眠っている姿は初めて見た。


 改めてよく見ると思っているよりも睫毛が長い、鼻筋は通っており、剣術大会後より多くの令嬢に話しかけられているのをよく見かける。

 イザーク様本人は結婚願望がないという理由で断っているようだが、令嬢達が夢中になるのもわかる。

 サラサラとした黒髪が魔石ランプの淡い光をうけて輝き、剣を握るために鍛えたであろうその身体は筋肉が適度につき、全体的にはシャープな印象だ。


 あまりにも不躾に見ていると気付き自分の体を移動させると、小さな布擦れ音が生じイザーク様が目を覚ました。



「アイリーネ様、目が覚めましたか」


 

 穏やかな笑顔でこちらを見てくるので、まじまじと見つめていたと言えずに黙り込む。


「アイリーネ様?」

「なんでもないです。先程起きました」

「どうですか?体調は熱は下がったようですね」


 そう言って、額に手を当てられるとイザーク様の掌の大きさをいつもより身近に感じる。イザーク様が動くと入浴後なのか石鹸のいい匂いがして、汗を掻いた自分が臭わないだろうかと気になる。


「アイリーネ様?どうかされましたか?」

「……何でもありません」

「そうですか?」

「えーっと、お父様は?」

「先程、交代したのでお部屋にいるのではないでしょうか?」

「そう……ですか」

 

 泣きそうになっているのに、怒っているお父様を見て悪い事をしたなと反省はしたのだが、今でも能力を早く高めたいと思う。たった一人救うのにイルバンディ様の力を借りなければ解決できなかった。生まれて来てからずっと愛し子だと特別扱いされているのに、自分が情けない。


「アイリーネ様、いっぱい訓練をしたからといって能力は高くなりませんよ?」

「ですが、イザーク様は毎日早くから鍛錬して、剣術大会も優勝したではないですか」

「私とアイリーネ様は違います。体の大きさも性別も違いますし、年だって10個も違うのですよ」

「ではあと何年かかるのでしょうか……」



 俯いてしまったアイリーネをイザークは優しく諭す。

 

「いいですか、アイリーネ様の能力は唯一無二で他の能力とは違います。愛し子の能力はそれぞれ違うと習ったでしょう?アイリーネ様の能力は本来なら成人したあとに現れる能力なのですから、焦る必要はありません」

「……そうでしょうか」

「はい」


 顔をあげ、イザーク様を見つめると笑顔で頷いている。


 本来ならまだ使える能力ではない、そう言われても実感がない。みんなそう言うが本当だろうかと回帰の記憶がないアイリーネは疑問に思う。

 回帰の記憶があるイザークは当然覚えている。

 アイリーネが断罪される直前に手にした能力。

 広場にいた皆が光に包み込まれる感覚に幸福感を感じ、闇が祓われた。命と引き換えだからこそ、成し得た事。今同じ事をしては、アイリーネの生命は脅かされるだろう。


 だから……

「焦ってはダメです」

「では!イザーク様が私の護衛に就いた年なら大丈夫ですか?」


 前のめり気味に質問されてイザークは困った。実際、イザークには回帰も前世も記憶があり、普通の人より経験も知識もある。イザークがアイリーネの護衛に就いた年齢まであと数年あるが大丈夫だとは言えないだろう。

 

 それに、これを言えばアイリーネはどのような反応をするだろうか、と興味本位でいつものイザークなら決して言わないであろうことを言ってみる。


「アイリーネ様、実は内緒なのですが……私には前世の記憶があるのです。ですから人の倍の知識と経験があるのですよ。私の強さの秘密です」


 アイリーネは案の定、息を呑み、目を零れ落ちそうなほど見開き驚いている。

 はたして、信じるのだろうかイザークはアイリーネの反応に注目した。


「そ、それは本当なのですか?」

「ええ」


 イザークはからかったり、冗談など言うタイプではない、と言うことは事実なのだろうとアイリーネは結論に至った。


「えっと、記憶があるから強いのですか?」

「昔の自分も剣を扱ってましたから、扱い方がわかります。身体は鍛えなくてはいけませんがね」

「な、なるほど……」


 納得したのだろうかと思っていると、興味津々な顔を向けられイザークはそう言えば最近のお気に入りの小説に前世物があったなと思い出し、苦笑いした。



「何か聞きたいことでもあるのですか?」

「イザーク様は生まれた時から記憶があったのですか?」

「いえ、途中ですね。昔はありませんでした」

「混乱されなかったのですか?」

「いえ、むしろ納得といいますか」

「納得?」


 首を傾げるアイリーネにふと笑みがもれる。

 回帰前に初めてアイリーネに王家の森で会った時、あれが全ての始まりだ。思い出してよかった心の底からそう思った。自分の生まれた意味、役目を前世の記憶と共に知る事ができたのだから。


「もしかして、もしかして!イザーク様に結婚願望がないのは前世で忘れられない人がいるからではないのですか」 

「………」


 興奮気味にアイリーネに核心を触れられると、興味本位で話してしまった罰が当たったな、と感じた。


「あっ、ごめんなさい。辛い記憶だったのですか?」


 心配そうに自分を見るアイリーネに自分はどんな顔をしているのだろうかと考える。 


「いえ、大切な、幸せな記憶ですよ。ただ私は彼女に酷いことをしてしまったのです。彼女を守れなかったのです。どれだけ謝っても許してはもらえないでしょう」


 目の前の愛しい人の生まれ変わりを見つめながら、自分の胸の内をさらけ出す。アレット本人に言うことはもう叶わないのだから。


「守れなかった?それならイザーク様が酷いことをしたわけではないのでしょう?」

「ですが……」


 アイリーネはイザークの手をとり、胸の高さで握りしめると、向かい合う形となったイザークの目をしっかりと見つめた。


「イザーク様がいつまでも罪の意識に囚われることを相手の方も望んでいないでしょう。イザーク様が選んだ方でしょう?それならばきっとそう思っているでしょう」

「………アイリーネ様」



 イザークは目を伏せ瞼を閉じると一筋の涙が溢れ落ちた。


 なんてことだ、自分を許すなんて。

 確かにアレットならそう言っただろう。

 しかし、前世の記憶も回帰の記憶も持たない、10個も年下の女の子に言われるなんて。

 なんて情けないと思われるかも知れないが、背負っている物がまた少し軽くなった、そんな気がする。



「……ありがとうございます」


 そう言ったイザークの目の前には、かつて愛していた人と同じように笑うアイリーネがいた。






 


読んでいただきありがとうございます

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