第104話 ある日のイザーク①
イザーク・ルーベンの朝は早い。夜明け前には起床し、一人で稽古をつける。雨の日も寒い雪の日もそれは変わる事ない日課である。
稽古を終えた時にはもう空腹であるが、朝食の前に汗を流し着替えをする。
すっかりと馴染んだ聖騎士の白い軍服に袖を通し、背筋を正すと朝の支度を終えたであろう護衛対象の元へむかう。
「おはようございます。アイリーネ様」
「おはようございます。イザーク様」
部屋から出てきたアイリーネと挨拶を交わし、食堂にむかう。オルブライト家は朝食は全員で食べるとのリベルトの考えにより、皆が揃うと食事を開始する。
「眠たそうだね、シリル」
「眠いです、リオンヌ様」
「また、夜更かしたんじゃないのか?」
今日、朝食の席にいるのはアイリーネにイザーク、シリル、リオンヌにリベルトである。これに時々ユリウスが加わるが、この日は不在であった。
朝食の席での会話に加わる事なく、アイリーネは黙々と食事をとっている。そんな様子に皆気付いていても、指摘する者はいない。
イザークには悩みの種が二つある。
一つ目はアイリーネ様の事である。
アイリーネ様の様子は収穫祭の日より変わった。今まで以上に神聖力の訓練に励むようになった。それから眠りが浅いようで、夜明け前に起きていることもあるようだ、ただ幸いなことに悪夢を見ていないと聞いている。
訓練の合間にぼんやりと空を見つめる姿が、哀愁を漂わせ胸を締めつけられる。
ティエルの闇を祓った日、自分の能力以上が必要でイルバンディ様に力添えされた、それを恥じているようにも見える。
見兼ねたリオンヌ様が心配して声をかけるも効果は薄く現状に至っている。結局、様子を見ている段階だが、このままでは倒れてしまいそうで心配だ。
二つ目は剣術大会に優勝したことによる弊害である。
そもそも剣術大会に出場したのはアイリーネ様のためだ。アイリーネ様の立場を陛下の言葉で明確にしてもらうためだ。
それが叶ったのはよい事だが、実家に沢山の身上書が届いていると父から言われた。
イザークは次男であり跡継ぎではない。だから、爵位を継承することもないため、婚約の話しはあっても断れば済んでいた。それをわざわざ身上書となると断わりを入れるのにもキッチリと書面を返さなくてはならない。
余分な事に時間を割きたくないと考えるイザークにとってはありがた迷惑なだけであった。
それから有名になったことで、街中で声をかけられたり、囲まれたりして護衛の仕事に支障きたすこともあった。
イザークは人知れず、ため息をついた。
朝食を終えたアイリーネは、一人で神聖力を高める訓練をする。自身の体内に神聖力を巡らせると、徐々に光を大きくする。ある程度まで大きくなると、どれだけ持続できるか、保てるのかを能力が底をつくまで行う。
また今日も無茶なことをしなければよいが、そんな風に思っていると案の定、能力が底をつき倒れた。
「アイリーネ様!」
慌てて側に駆け寄り抱きかかえると、体が熱い。
熱かあるではないか、気付かなかった。
こんなにも側にいたのに。
横抱きにしてすぐに家の中へ入ると、アイリーネの侍女も兼ねているオドレイを探す。
「オドレイ!オドレイどこだ!?」
「はいはい、何でしょうか?」
奥の部屋から少しふくよかな体のオドレイが姿を見せる。いつも穏やかなオドレイだが、アイリーネを抱きかかえるイザークを目にすると、何事だと慌てて近づいた。
「アイリーネ様!?どうされたのですか?」
「熱がある。寝室に連れて行くから、リオンヌ様を呼んで来てほしい」
「わかりました」
走り去るオドレイを見ながら、階段を登りアイリーネの部屋へと急ぐ。
アイリーネをベットへ運ぶと同時にリオンヌが慌てて部屋に入って来た。
「アイリーネは?」
「リオンヌ様……」
熱にうなされて眠っているアイリーネは、促迫な呼吸で苦しそうで、治癒能力を持つリオンヌが駆けつけたからには、一安心だとイザークはホッとした。
しかし手に拳を作ったままベットを見下ろしているリオンヌは治癒をかける素振りがない。
「リオンヌ様?」
「……イザーク、医師を呼んで下さい。それからオドレイ、薬湯を飲ませて下さい」
「リオンヌ様?どうしたのです。治癒をかけないのですか?」
「……人は誰しも病気になるものです。それにこの子は治してもすぐに無理をして同じ事の繰り返しです。しばらく休養するべきです」
「………」
確かにリオンヌ様の言う事は理解できる。すぐに治癒してしまうとアイリーネ様はまた同じ事を繰り返すだろう。実際、リオンヌ様の言葉を聞き入れず、倒れるまで無理をした。
それに治癒の能力を使用すると、病気に対しての耐性もなくなる
その為命に関わらない軽症ならば、例え貴族であっても神聖力を使う頻度はそう多くない。実際、王都は聖女達の数も多いが、地方に行くと数は少なく治療を受けられない。
ただし、これが王族なら話しは別だ、王族は特別な存在であるため重症化しないようにすぐに治癒される。
本来なら愛し子も特別な存在であり、治癒されるべきだ。しかしアイリーネ様の保護者はリオンヌ様で、そのリオンヌ様が決めたことだ、従うしかないだろう。
「私が看病するので、皆は通常義務に戻って下さい」
そう言ったリオンヌ様は今にも泣きだしそうだった。
おでこに当たる冷たい布がひんやりとして気持ちよくて目を開ける。
いつも穏やかなお父様の険しい顔が目に入った。
「お父……様」
「気分はどうですか?」
「はい………ずいぶんと楽になりました」
「……アイリーネ、君は倒れるまで無茶をしてみんなを心配させたとわかっているのですか?」
「あ……もうし――」
「謝罪が聞きたいのでは、ありません。人の意見を聞かず、その結果がこれですか」
「………」
「無理をして訓練して、結局倒れてしまい、それでもよく頑張ったねと言ってもらえると思いますか?」
「……思いません」
「だったら!――」
「リオンヌ――そこまでだ。アイリーネも目が覚めたばかりだぞ?」
リベルトから肩を叩かれて我にかえると、感情的になりすぎたとリオンヌは後悔した。
「アイリーネももう少し眠った方がいい。ちゃんと薬も飲むんだぞ」
「……はい」
オドレイに手伝ってもらい薬を飲むと横になる。
部屋の中には誰もいなくなり、私一人となった。
目を閉じると先程のお父様を思い出した。
一緒に暮らし始めて怒られたのは、初めてだ。
怒られて悲しいけれど、お父様の言う事は正しい。
もっと神聖力を上手く使いたい、ただそれだけだったのに……
薬が効いてきたのか、私は再び眠りについた。
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